こけし作品集

新作紹介 英之本人型「赤城山のレンゲツツジ」

今日は8月2日。今年も元気にこの日を迎えることができました。

今日は私、佐藤英之の34回目の誕生日。先日から誕生日に、赤城山の新作をご紹介すると告知してきました。お約束どおり、新作を紹介したいと思います。

英之本人型こけし・赤城山のレンゲツツジです(^^)
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赤城山の頂上付近に群生する、美しいレンゲツツジを描きました。

標高1000m以上の高原にしか咲かない、貴重な花です。うわさは群馬に来てすぐに聞いていました。6月には見に行ってきました!

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咲いた姿は、山ツツジに少しにているんだけど、葉とつぼみに大きな特徴がありますね。
つぼみが固まっているようすが、蓮華に似ているところからその名前がついたんだとか。

私自身、初めての本人型で、(こけしの型については下記に説明しています)何度も試作を重ねて作り上げました。こけしはシンプルさが大切と思っておりまして、その中にしっかり赤城山のレンゲツツジをこめることには苦心いたしました。

もう群馬にきて5ヶ月目に入りました。こんなに長く滞在することになるとは思っていませんでしたが、仕事を再開できるようになってから、自分の足跡として赤城山の記念のこけしを作りたいと思っていたんです。
それを自分の生まれた日に発表できたことが嬉しく思います。

相変わらずご注文いただいているお客様のみなさんには、1ヶ月ほどお待ちいただいている状況なのですが、初作を限定10点をインターネット予約受付します。初作には、こけしの底の署名に初作と入っております。(今回のこけしは、最初に製作する30点を初作と定めております。他の20点はすでに予約済みとなっております。)
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お届けは8月下旬~9月中旬頃になりますが、お求めの方はこちらから商品ページへどうぞ。
http://kijidaruma.com/products/detail.php?product_id=657

※本人型について
伝統こけしは、「型」という考え方があります。
歴代の師匠が考案したこけしの型、たとえば私の祖父の佐藤誠型、父の佐藤誠孝型。
祖父の弟弟子・大野栄治型、祖父の師匠・小倉嘉三郎型などがあります。
修行の過程ではその型を繰り返し製作して、伝統こけしを身につけていくわけですが、ある一定の時期になると「本人型」というものを考案します。今回のこけしは、佐藤英之初の本人型となっております。

赤城山の新作紹介

本日最近作を紹介しました。

まずはこちら。
大師匠、誠孝さんが赤城山でやっとこけしを作りました!
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誠古型晩年くびれロクロに大胆な梅をアレンジした新作です。
一点しかありませんがΣ(゚ロ゚ノ)ノ 早い者勝ちということで、お願いします。

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次の新作!英之と裕介の初めての合作で、子持こけしを作りました!
英之作梅こけしから、裕介作グラデーションこけし「赤城山の夕日」が出てくる、赤城山オリジナルこけしです。すみません、これも一点しかありませんΣ(゚ロ゚ノ)ノ

ほか、英之作こけしをこけしけん玉含め8点ご紹介しました。
「赤城山の作品」カテゴリからご覧ください。

東京こけし友の会例会にて。新作「大家族こけし」

日曜日は、東京こけし友の会の新年例会にご招待していただき、東京神田まで行ってきました。

東京こけし友の会は、日本国内で一番大きなこけし愛好会。
会員は全国各地に数百人はいるはずです。例会に実際に参加される方も80名ほどおられました。
http://www.tokyo-kokeshi.jp/

今回は私英之と、弟弟子の裕介さんがご招待ということでしたので、二人で行ってきたのですが、みなさんのこけし熱にびっくりしました!とにかくこけしを楽しんでる。来年で50年を迎える歴史の深い愛好会。
これからもこけしをかわいがって頂きたいと思いました。

会の方から写真が届きました。
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大家族こけし説明中。

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余興にとけん玉を披露しました。なかなか講評だったようです(^ω^)

さて、そのときに何か作ってきてほしいと言われていたので、今の自分に精一杯できるものをと思ってできたのがこちら。「大家族こけし」です。

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とにかく目が肥えている方々ですから、中途半端なものではきっとご満足いただけないだろうと思い、これまでは3つが一つになった「孫持ちこけし」までが最高だったものを一気に増やして、10個のこけしが一つになった大家族!

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この10個のこけしが一つになります!

大変喜んでいただけたようで一安心。2つ作ったのですがどちらも売れてしまいました。
それもそうですが、手持ちで持っていったこけしがストラップ1個を残してすべて完売。たった2時間くらいの間に!これには驚きでした。

なにかとても応援していただいているような感じがして。これからもがんばれそうです!
ありがとうございました。

デザインこけし作家の志賀さん

最近は、第3次こけしブームといわれて、各地でこけしファンが急増しております。

今までのブームと違うところは、こけしの楽しみ方。
こけしの楽しみ方というのは、「鑑賞」がメインだったんですが、最近のこけしファンは違います!
鑑賞するのはもちろんですが、自分でこけしをモチーフにした作品を作っちゃう。これはすごいことですねぇ。

私たちに、白い木地のままのこけしを依頼される方も増えてきました。
「オリジナル作りませんか?」Design Yourselfシリーズです。

そのほかにも、独自に研究した素材でこけしを作っちゃう仙台こけしぼっこの木下さんをはじめ、こけしはんこやこけしバッグなど、こけしのかわいらしさを生かした作品を作る方が各地におられます。

そしてついにいわきでも!出会ってしまいましたΣ(゚ロ゚ノ)ノ

ITITI BRAND 志賀裕子さん。
ITITIブログがあります。
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1歳の一太くんのお母さん。とってもあったかい雰囲気の方です。
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先日クリスマスをテーマにしたいわき市内のギャラリーかいわいでの展示会にご招待いただいて行ってきたのですが、その時思わず手にしたのがこのこけしのしおり。
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とにかくシンプルで素朴!そしてとってもあったかい雰囲気がたまりません。
もともとはメッセージカードとして作られたものでしたが、僕は手帖のしおりとして使わせてもらってます。

そのときは品切れだったもので、気になっていたものを先日見せてもらいました。
こけしのししゅうがされたTシャツ!
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ちゃんとロクロ線まで入っててすごく気に入りました!
これはとってもいいと思います。
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お友達の子供さんに作ったんだとか。

そのうち、ブローチを作ってほしいとリクエストしてあるんです。
いわきにもこけしが大好きでこけしを作っちゃう作家さんがいてとってもうれしい出来事でした。

新作紹介・こけしのサンタクロース

新作紹介です。

昨年の今頃、東京ミッドタウンでのこけしサンタイベントから1年。

今年は依頼もあって、こけしサンタに取り組んでいました。
そしてついに完成!こけしサンタ。

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最初は日本けん玉協会とのコラボから始まって、「サンタのけん玉作れない?」というちょっとした話から。
けん玉はこんな形になっています。
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これってけん玉と違うんじゃ?と思われる方もいると思いますので、補足します。
現在日本国内で一般的に販売されているけん玉は、日本がもともと海外から入ってきた外国製けん玉を改良して生まれたものなんです。
もともとの形はこんなものです。
biruboke-1.jpg 英之作ビルボケ
そう、横のお皿がないんです。この形は「ビルボケ」といいます。
あんまり楽しめないんじゃ?と思われがちですが、これでもかなりの技を楽しむことができます。

今回のこけしサンタはこのビルボケを応用して誕生しました!
ビルボケサンタはこちらから詳細をご覧ください。

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続いて小さい方のサンタさん。
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これは頭が逆立ちこまになっていて、こまのようにまわすと、ひとりでに逆立ちするというとっても不思議なこまです。
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サンタが逆立ちこまにはや代わりするのが、動画で様子が見れるのでよかったらぜひご覧ください。
 

逆立ちサンタの詳細はこちらからご覧ください。

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以上、クリスマスの新作紹介でした。

コラボレーション作品・こけしけん玉デビューしました

約7年前から製作を始めた、けん玉。

けん玉は、僕たちだけじゃなく、たくさんの工人が余技として製作してきました。
僕たちは余技としてだけでなく、同じ木地師から生まれたこけしとけん玉を再会させる企画を進めてきました。

そしてついに完成しました。NPO法人日本けん玉協会とのコラボレーション作品、「こけしけん玉」第一号!
NPO法人日本けん玉協会とのコラボレーション作品、「こけしけん玉」第一号   
名づけて、「こけしけん玉with日本けん玉協会(第一号・佐藤英之作)」。
けん玉を生かすことを主に考えると、日本けん玉協会認定けん玉がもっとも手になじみます。
かざっても、遊んでも楽しい。木地処さとうで推進してきたいわきのこまの精神にも通じます。

だからといって市販されている日本けん玉協会(以下協会とする)認定けん玉にこけしを描いて、販売することはできないんです。この協会認定けん玉は細かいところまで特許が申請されていて、自由に描彩するところまではいいとしても、それを販売することは法律上禁止されています。

僕は約2年にわたって、お世話になっているけん玉協会理事山木氏にお力を借りながら、協会とコラボレーションの話を進めてきました。
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日本が世界に誇る玩具・けん玉。日本けん玉協会推奨の証がつけられています。

そして、ついに協会推奨品として、晴れてデビューとなったわけです(^ω^)
8月に協会から発行された、けん玉通信No189号に紹介されました。
どうなるかと心配されたスタート、売れ行きは好調です!限定30で紹介されましたが、追加製作しています。
こけしけん玉が、けん玉通信No189号に紹介されました
こけしけん玉が、けん玉通信No189号に紹介されました    

このこけしけん玉は2つの物語があるんです。
今日はそのうちの一つお話したいと思います。

それは、こけしとけん玉の再会の物語。
こけしけん玉のパンフレットにその思いを書きました。それを転記します。

こけしけん玉パンフレットより抜粋・・・

伝統こけしは、約200年前に東北地方で生まれた、日本独自の人形です。
けん玉とこけしは、製作工程がどこか似ています。
それは、けん玉とこけしは、遠い昔に「轆轤(ろくろ)」から生まれた兄弟のような工芸品だからなのです。

時は弥生時代。木を材料としてお椀やお盆を作る職業の人は「木地師」と呼ばれ、特別な地位を与えられていました。 木地師たちは、よりよい木を求め、南から北へ旅していきます。その技術は広く伝えられ、だんだんお椀やお盆などの食器だけでなく、みんなが楽しめるけん玉、こけしなど、おもちゃや人形も作られるようになりました。

時代とともに、よりよい品を生み出すために、こけしはこけし工人、けん玉はけん玉職人、食器は専門の木地師が作るという風に分かれていきました。そして、それぞれが工夫して、現在のように発展してきたのです。

日本けん玉協会とこけし工人が協力して生まれた「こけしけん玉」は、新しい工芸品であり、そしてもともとは兄弟だった二つの再会と言えるのかも知れません。
以上。

 こけしけん玉を作りながら、こんなことを考えました。
けん玉は特殊な細工物で、こけしと平行して作り続けるのは難しい。
山形でけん玉工場を興した、鈴木与三郎さんは最初ロクロでけん玉を作っていたそうです。最初は大変だったそうです。ロクロでけん玉をつくり、安価で供給する。それは事実上とても難しいことです。
それでも研究を重ねて、特別な道具、型などを揃えて、日本一のけん玉工場を作りました。(現在有限会社山形工房となり、お孫さんの鈴木兄弟後を継いでいる。こけしけん玉は木地処さとう・けん玉協会・山形工房の3つのコラボなのです。)

こけしもけん玉も、元々は木地師から派生した技術で作られている。
今では製作工程は異なりますが、それは時代とともに変化してきただけのこと。
こけしけん玉の誕生までにいろいろと協力を頂いた、山形工房の鈴木社長と時々話しますが、こけし工人とけん玉職人。どこか相通じるものを感じます。

天然の樹木の恩恵を受け、伝統技法で形にする。見た目は違っても志は一つだと共感するんです。
こけしけん玉、これからおもしろい進展をするかもしれません!

次回、もう一つの物語をお聞きいただきます。よろしくお付き合いくださいね。

こけしけん玉ロゴ
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こけしけん玉のお求めはこちらから。限定10個を特別価格で。

極小こけし

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佐藤誠孝は3人の先達と実父・誠を含む二人の師匠よりその数90にも及ぶ、様々な古型を継承。
自分のこけし作りもさることながら、偉大な伝統こけしの美しさと姿形の広がりを今に伝えるため、手のひらに乗るほどの極小の技に挑戦して復元を手がけてきました。

その小さな寸法には、伝統こけしの魅力の一つである可愛らしさが倍加されて、この上ない趣が秘められています。ぜひこの機会にあなたのコレクションにお加え下さい。

佐藤誠孝の談話
伝統こけしを作り始めて以来、遺作の復元に力を注いできましたが、制作活動20年を契機に先代の偉業を一堂に会し、その多彩さを理解してもらいたく、90種類を三寸(9cm)にまとめてみました。

そして、さらにその半分の大きさの一寸五分(4.5cm)を手がけましたが、この寸法にしたことによって伝統こけしの魅力がいっそう引き立ち、可愛らしく奥深い世界ができたと思います。
 

極小の技の世界は、こけしを作る上では通常の寸法のものの場合とはまた違った神経の研ぎ澄まし方や細やかな手間を惜しまない努力が随所に必要とされます。

一寸五分という、ここまで小さな寸法でしかも本格的なロクロ挽きと描彩を行うのは、実際、並大抵のことではなく、伝統こけしの工人があまたいるとはいえ、手がける人はめったにいません。

しかし、一方で誠孝のように逆に使命感に促されながらその世界に挑み、成功させたことをご理解いただきたいと思います。


極小こけしはこちらからご覧ください



新作紹介☆英之作梅こけし

今日は新作紹介です。

お客様のご注文でお作りしたものの一部。
こけしは一つ作るときには、通常3~5本くらいはいっぺんに作るのです。
なぜかというと、木は製作の過程で割れがあったり、黒目が出てきたりといろいろなハプニングがつきものだからなのです。一つだけ作って、それがダメだったらもう一度最初からやり直しになってしまうことを未然に防止するための知恵ですね。

全日本こけしコンクールでとても人気があった、栄治型作り付くびれ梅。
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大きさ:5寸 作品コード:hk268 詳しくはこちら

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大きさ:6寸2分 作品コード:hk269 詳しくはこちら

そして全日本こけしコンクール・山形市長賞受賞作
大野栄治型直胴梅です☆
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大きさ:8寸5分 作品コード:hk275 詳しくはこちら

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大きさ:8寸5分 作品コード:hk277 詳しくはこちら

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大きさ:8寸5分 作品コード:hk278 詳しくはこちら

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大きさ:8寸5分 作品コード:hk279 詳しくはこちら

以上です。よかったらご覧くださいね(^ω^)

こけしの歴史・佐藤誠弥治郎時代

佐藤誠は、わが木地処さとうの初代であり、僕にとっては祖父にあたる。

木地処さとうの歴史を知っていただくためにも、佐藤誠の生い立ちは重要なので、何回かに分けてご紹介して行きたいと思います。

 明治34年福島県伊達郡に生まれた佐藤誠は、明治42年9麹ヒの時に小倉嘉三郎氏の弟子となりました。 三年間は子守や農業などをして、12歳頃からこけしの修行を始めました。嘉三郎氏だけでなく、氏の兄弟の茂松、佐藤今三郎にもこけしを習ったそうです。

 弥治郎時代の誠は、弥治郎系の特徴とも言えるロクロ模様を中心にしたこけしを主に作っていました。当時からロクロ線の繊細さ、色彩感覚には定評があったようです。
 中でも「誠最古型ロクロ」は、大正14年に撮影された、日本最古のこけし写真と名高い「各地コケシボーコ」
(下写真)に、名だたる名工の作品と共に掲載されていて、価値のある作品と言われています。
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日本土俗玩具集二-五 最古のこけし写真(推定大正14年頃)
・・・「日本土俗玩具集」全5編を発行したが、第二編第5瑞}に載せた「各地コケシボーコ」の写真の一枚が、こけし界最古の写真文献として著名である。佐久間浅之助、飯坂佐藤栄治、遊佐民之助、佐藤誠(推定)、高橋勘治(推定を含む)四本、岡崎長次郎二本、荒井金七、以上十一本のこけしを掲載している。明治、
大正期のこけしを研究するにあたっての非常に貴重な資料である。
鹿間時夫編・こけし辞典493頁「婢子会」より抜粋

 弥治郎時代の誠には、佐藤春治、新山左内という腕利きの仲間がいて、「弥治郎三羽カラス」と呼ばれていたそうです。また、弟弟子に梅こけし創案で有名な大野栄治がいました。

 佐藤誠の弥治郎時代は、兵役、お礼奉公を終えて仙台に出た大正13年まで続きました。その後いわき市へ移り、大工場建設・経営者へと上り詰めていく(平時代)のですが、その背景には弥治郎時代の下積みがあったのですね。

文 佐藤英之

 

佐藤裕介作 起き上がりだるま

先日ご紹介した、わが弟弟子佐藤裕介の新作紹介です。

作り手が変われば発想も違うもので、今までうちでは作らなかったようなものにチャレンジしています。

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いかめしい顔をしただるま。このだるま、座っているだけではありませんΣ(゚ロ゚ノ)ノ
ちょっとした細工がほどこされていて、倒しても起き上がってくるだるまなのです。
くらくら~と起き上がってくるところが、なんとも手作りの味わいで面白い。

動画でご紹介しています。ぜひご覧ください!


佐藤裕介作起き上がりだるまはこちらからご覧ください