木地処さとうの歴史

こけしの生まれ

 こけしは、いつ・どこで・なんのために生まれたのか?とはよく言われることですが、みなさんはどう思いますか?
今日はこけしの誕生について、改めて考えてみたいと思います。

こけしはいつ生まれた?

時は明治。開国した日本に外国製のおもちゃが輸入され、こけしは絶滅の危機を迎えます。
ということは、それ以前からこけしが存在したことは確かですが、最初のこけしの生年月日ははっきりわかっていません。
江戸時代以前には作られていたことはわかっていますが、その頃のこけしはほとんど残っていないそうです。もしどこかで見る機会があったら、それは大変貴重なチャンスですね!

こけしはどこで生まれた?

 東北地方の産業は農業が中心でした。そして冬になると雪に閉ざされ、農閑期という時期があります。
田んぼや畑仕事はできないし、外は雪だし・・・だからといって休んでばかりいないのが東北人。
農閑期にできる仕事を作り出しました。東北の各地では、農閑期に発達した文化が存在します。こけしなどの民芸品は、農閑期の副業としての存在意義が大きかったようですね。こけし工人の最初は兼業農家だったと言えると思います。

「こけしは冬の間もよく働くまじめな農家のおじさんから生まれた!」と推測します。

こけしはなんのために生まれた?

湯治場のおみやげとして誕生したとか、子供のおもちゃに与えたとか、諸説あります。どれも間違いないことだと思いますが、やはり農閑期にかかわっている様な気がします。

東北では昔から「湯治」という、農閑期に温泉で疲れや傷をいやす文化がありました。
東北ではあちこちで温泉が湧いています。湯治は、自炊しながら長期間滞在するのがふつうだったので、大きな温泉ではたくさんの人が集まったんでしょう。 そうなればお店が繁盛するのも想像がつきます。そこでこけしのような人形が並んでいた、そんな光景を僕は想像します。

留守番の孫さんへのお土産にこけしを選び、時にはマッサージ器具としてこけしを肩や背中に当てたという話を聞いたことがあります。このエピソードだけでも、こけしが子供のおもちゃであり、温泉地のお土産として作られていたことがわかりますね。

今のこけし

今は全国民がとっても忙しい時代になったので、湯治をするような習慣は一部に残るだけのようですが、いいですよね~冬の間は仕事はお休みで、温泉地でバカンス!まるでヨーロッパのようです。 日本にもそんな習慣が復活することを願います(笑)

毎日仕事が忙しい方がほとんどだと思いますので、時々温泉地に旅行することもままならない時代になりましたが、そんな中だからこそこけしを時々眺めて、心癒されるひとときが貴重なのかもしれませんね!

そう考えるとこけしの役割も新時代になってきたのかもしれません。

三代目英之

 

店長よりご挨拶

木地処さとうは、昭和元年創業、伝統こけし製作工房です。
弥生時代より伝わる伝統の技法を守り、かつ現代に愛されるこけしを作ることが私たちの誇りです。
材料となる木材は全て国産天然木を使用。『時間・手間・工人の思い』をたくさん込めた製品を作ることにこだわり続けています。

木地処さとうが求め続ける伝統こけしとは

昔、こけしといえばどこの家にも1本や2本は必ずあるものだ、というのが定説でしたが、現在ではあまり身近に触れることも少 なくなりました。
それに加えて、家の省スペース化がすすみ、こけしのような飾り物を置く場所がないという方も多いのではないでしょうか。
私たちは、今までこけしは飾るものだというイメージを変えるべく、伝統こけしの技を生かした楽しい細工物も多く製作しています。作品集のこけし印鑑に代表 されています。ぜひご覧下さい。
もちろん昔ながらの伝統こけしも製作しています。楽しい細工物などからこけしの面白さが伝われば幸いです。

木地処さとうの歴史

第一期 初代・佐藤誠が宮城県弥治郎村の、小倉嘉三郎氏に修行に入る(1910年)。
弥治郎系小倉嘉吉系列の分家に当たる。
第二期 佐藤誠は独立・いわき市平で『佐藤木工所』設立(1925年)
岩手県にて平泉工芸社を設立(1958年)
第三期 二代目・佐藤誠孝がこけし工人に。木地処さとう設立(1975年)
第四期 三代目佐藤英之がこけし工人に(2003年) 佐藤誠孝が内閣総理大臣賞受賞(2004年)
こけしコンクールで初めての親子3工人同時入賞を果たす(2009年全国こけし祭りコンクール)

 

木地処さとうのご紹介ビデオ

平成15年撮影・福島の手仕事

こけしコンクール受賞歴

全国には、年間に『三大こけしコンクール』が開かれています

  1. 全日本こけしコンクール(5月・宮城県白石市)
  2. 全国こけし祭り(9月・宮城県大崎市鳴子温泉町)
  3. みちのくこけしまつり(10月・山形県山形市)

各コンクールで受賞をいただいております。
大臣賞はコンクールでも指折りの上位賞であり、中でも内閣総理大臣賞は最高賞となっております。
※上位の受賞を分かりやすくするため、大臣賞以上を赤、県知事賞以上を緑で表示(平成24年5月3日)

年度 賞名 コンクール名 受賞者
昭和55年 丸光賞 全日本こけしコンクール 佐藤誠孝
昭和56年 岩手県知事賞 全日本こけしコンクール 佐藤誠孝
昭和57年 実行委員会長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
昭和58年 米沢市長賞 全日本こけしコンクール 佐藤誠孝
昭和59年 通産大臣賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
白石市長賞 全日本こけしコンクール 佐藤誠孝
七十七銀行賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤誠孝
昭和60年 村山市長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
エスパル賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤誠孝
昭和61年 米沢市長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
東北放送賞 全日本こけしコンクール 佐藤誠孝
仙台放送賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤誠孝
昭和62年 白石市長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
昭和63年 秋田営林局長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
名鉄賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤誠孝
平成元年 通産大臣賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
平成2年 林野庁長官賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
平成5年 鶴岡市長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
平成11年 東北森林管理局長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
平成13年 山形県知事賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
平成15年 内閣総理大臣賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
平成16年 林野庁長官賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
読売新聞社賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤英之
審査員奨励賞
岩手県知事賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤英之
平成17年 国土交通大臣賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤誠孝
読売新聞社賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤英之
山形県観光物産協会長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤英之
平成18年 岩手県知事賞 全日本こけしコンクール 佐藤誠孝
河北新報社賞 全日本こけしコンクール 佐藤英之
国土交通大臣賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤誠孝
宮城テレビ放送賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤英之
東北森林管理局長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
平成19年 読売新聞社賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤誠孝
国土交通大臣賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
平成20年 NHK仙台放送局長賞 全日本こけしコンクール 佐藤誠孝
東日本放送賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤誠孝
みちのくこけし協会長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤英之
平成21年 産経新聞社賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤誠孝
東日本放送賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤英之
朝日新聞社賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤美喜子
山形県観光物産協会長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤誠孝
平成22年 山形市長賞 全日本こけしコンクール 佐藤英之
東北森林管理局長賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤誠孝
宮城県物産振興協会長賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤英之
東日本放送賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤美喜子
鳴子温泉観光協会長賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤裕介
審査員奨励賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤裕介
山形県議会議長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤英之
山形県観光物産協会長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤裕介
平成23年 東日本大震災のため全日本こけしコンクールは中止
岩手県知事賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤誠孝
秋田県知事賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤英之
東北森林管理局長賞 全国こけし祭りコンクール 佐藤裕介
青森県知事賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤英之
山形県議会議長賞 みちのくこけしまつりコンクール 佐藤裕介
平成24年 経済産業大臣賞 全日本こけしコンクール 佐藤誠孝
山形県知事賞 全日本こけしコンクール 佐藤裕介