2010年09月22日

コラボレーション作品・こけしけん玉デビューしました

約7年前から製作を始めた、けん玉。

けん玉は、僕たちだけじゃなく、たくさんの工人が余技として製作してきました。
僕たちは余技としてだけでなく、同じ木地師から生まれたこけしとけん玉を再会させる企画を進めてきました。

そしてついに完成しました。NPO法人日本けん玉協会とのコラボレーション作品、「こけしけん玉」第一号!
NPO法人日本けん玉協会とのコラボレーション作品、「こけしけん玉」第一号   
名づけて、「こけしけん玉with日本けん玉協会(第一号・佐藤英之作)」。
けん玉を生かすことを主に考えると、日本けん玉協会認定けん玉がもっとも手になじみます。
かざっても、遊んでも楽しい。木地処さとうで推進してきたいわきのこまの精神にも通じます。

だからといって市販されている日本けん玉協会(以下協会とする)認定けん玉にこけしを描いて、販売することはできないんです。この協会認定けん玉は細かいところまで特許が申請されていて、自由に描彩するところまではいいとしても、それを販売することは法律上禁止されています。

僕は約2年にわたって、お世話になっているけん玉協会理事山木氏にお力を借りながら、協会とコラボレーションの話を進めてきました。
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日本が世界に誇る玩具・けん玉。日本けん玉協会推奨の証がつけられています。

そして、ついに協会推奨品として、晴れてデビューとなったわけです(^ω^)
8月に協会から発行された、けん玉通信No189号に紹介されました。
どうなるかと心配されたスタート、売れ行きは好調です!限定30で紹介されましたが、追加製作しています。
こけしけん玉が、けん玉通信No189号に紹介されました
こけしけん玉が、けん玉通信No189号に紹介されました    

このこけしけん玉は2つの物語があるんです。
今日はそのうちの一つお話したいと思います。

それは、こけしとけん玉の再会の物語。
こけしけん玉のパンフレットにその思いを書きました。それを転記します。

こけしけん玉パンフレットより抜粋・・・

伝統こけしは、約200年前に東北地方で生まれた、日本独自の人形です。
けん玉とこけしは、製作工程がどこか似ています。
それは、けん玉とこけしは、遠い昔に「轆轤(ろくろ)」から生まれた兄弟のような工芸品だからなのです。

時は弥生時代。木を材料としてお椀やお盆を作る職業の人は「木地師」と呼ばれ、特別な地位を与えられていました。 木地師たちは、よりよい木を求め、南から北へ旅していきます。その技術は広く伝えられ、だんだんお椀やお盆などの食器だけでなく、みんなが楽しめるけん玉、こけしなど、おもちゃや人形も作られるようになりました。

時代とともに、よりよい品を生み出すために、こけしはこけし工人、けん玉はけん玉職人、食器は専門の木地師が作るという風に分かれていきました。そして、それぞれが工夫して、現在のように発展してきたのです。

日本けん玉協会とこけし工人が協力して生まれた「こけしけん玉」は、新しい工芸品であり、そしてもともとは兄弟だった二つの再会と言えるのかも知れません。
以上。

 こけしけん玉を作りながら、こんなことを考えました。
けん玉は特殊な細工物で、こけしと平行して作り続けるのは難しい。
山形でけん玉工場を興した、鈴木与三郎さんは最初ロクロでけん玉を作っていたそうです。最初は大変だったそうです。ロクロでけん玉をつくり、安価で供給する。それは事実上とても難しいことです。
それでも研究を重ねて、特別な道具、型などを揃えて、日本一のけん玉工場を作りました。(現在有限会社山形工房となり、お孫さんの鈴木兄弟後を継いでいる。こけしけん玉は木地処さとう・けん玉協会・山形工房の3つのコラボなのです。)

こけしもけん玉も、元々は木地師から派生した技術で作られている。
今では製作工程は異なりますが、それは時代とともに変化してきただけのこと。
こけしけん玉の誕生までにいろいろと協力を頂いた、山形工房の鈴木社長と時々話しますが、こけし工人とけん玉職人。どこか相通じるものを感じます。

天然の樹木の恩恵を受け、伝統技法で形にする。見た目は違っても志は一つだと共感するんです。
こけしけん玉、これからおもしろい進展をするかもしれません!

次回、もう一つの物語をお聞きいただきます。よろしくお付き合いくださいね。

こけしけん玉ロゴ
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