こけしの郷便り

東日本大震災と木地処さとう その3

赤城山に落ち着いた私は焦っていました。

避難所では衣食住の支援を受けられたが、赤城山では自活しなくてはなりません。それにはこけしを作る以外に道はありません。

そんな時「近くに創作こけし工房がある」という情報が入ります。

私はこんなことを思いました。
まさかこの近くにこけし工房が?
そういえば群馬県は創作こけしの産地だと聞いたことがある。しかも車で15分という近くにあるらしい。もしお力を借りることができれば、こけしが作れるかも知れない…迷ってる時間はない。

私達はわずかな希望をかけて工房を訪ねました。すると社長さんは快く力を貸すとのお言葉‼️
私は奇跡という言葉はこういう時のことを言うのだと思いました。
こけしの材料となる水木の提供、大きな機械やトラックの貸与など全面的に支援をいただき、私達は赤城山に仮設こけし工房を建てることに成功したのです。







私達はこれまでの時間を取り戻すようにこけしを作りました。写真は裕介工人が赤城山で作った最初のこけし「赤城山の夕日」です。

4月1日、震災から3週間後のことでした。
次回は赤城山で生まれた作品たちを紹介します。