こけしの郷便り

東日本大震災と木地処さとう その2

避難所生活は一週間続き、私達はとても疲れていました。当時200人以上が1つの体育館の中で仕切りなしで生活していたし、何しろいつ避難所生活が終わるのかわからない不安が苦しかったのです。

私達は落ち着ける家を借りることを考えていました。しかし震災直後で全く見つからないのです。

ある時、東京にいる友人から「たまたま入った蕎麦屋で、隣の方が群馬県の別荘を困ってる人に貸したいと言ってるよ。検討して❗」とメールが来ました。

見ず知らずの方から家を借りるなんて、普段ならとてもお受けできない話なのですが、他に頼れる所はない。行ってみよう…ということになりました。

地震の被害で所々陥没している東北道を通って群馬県の赤城山中腹にある赤城インターまでたどり着きました。

山荘を貸してくれるIさん夫妻がインターで待っていてくれました。初めてお会いしたのに親戚が温かく迎えてくれたように感じ、涙がでました。


震災直後、平常時には考えられない助け合いがたくさんあったのです。私達もたくさんの方の助けを受けました。感謝してもしきれないほどだと感じています😃

私達はこの山荘で1年間の避難生活を過ごすことになります。群馬では今でも信じられないこけしに関わる出会いがありました❗次回はそんなお話です。