生年月日 | 昭和30年1月4日 福島県会津若松市生まれ |
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血液型 | A型 |
好きな言葉 | 『青空』 そのこころは・・・ 『青空を見ると、心がすっと落ち着く感じがします。元気が出ます。』 |
生まれ
昭和30年福島県会津若松市に生まれる。四人兄妹の末っ子。
幼い頃から、あまり口数が少ない子どもだった。高校生の時、バトミントン部に所属、主将として全国大会に出場した経験も持つ。
結婚・そして自立への道
18歳の時、佐藤誠孝と出会い、19歳で結婚。当時姑が経営して、多忙になっていた旅館業に従事し、夫と3人で忙しい日々を送っていた。
そんな彼女も、4人の子宝に恵まれ、夫誠孝が、人生の師とも言える森亮介氏と出会い、こけしを専業とすることが決まった。旅館は人に譲り、現在の平塩へ移転してからは、次第に自分の居場所を確立していったようである。
こけしの道へ
子どもたちも大きくなり、次第に手を離れていくにしたがって、少しずつではあったが、こけしの仕事を手伝うようになった。
また、10年前頃からは、こけしの描彩(紙面)を練習し始めた。
こけしの血筋だったことが判明
幼い頃、親戚にこけしを作る人がいると母から聞かされたことがあった。しかし、調べても自分にはたどり着かなかった。そんなとき、従兄弟にひょんなことから知っているよという話を聞き、土湯系上の松屋の血統だということが判明。驚きの事実でした。
しかしながら、もともと家族を支えることが生き方の主流だったこともあり、こけしの修行に没頭するまでは至っていません。
令和2年現在は、誠孝工人が挽いた木地に描彩をすることでこけしを作っています。
味わいのある独特な雰囲気があり、型にはまらない魅力があると評価されております。
作品それぞれに個性がありますので、それらをお楽しみください。
こけしコンクール受賞歴
年度 | 賞名 | コンクール名 |
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平成21年 | 朝日新聞社賞 | 全国こけし祭りコンクール |
平成22年 | 東日本放送賞 | 全国こけし祭りコンクール |