伝統こけし こけし印鑑製作工房 木地処さとう こけしblog
2010.07.10 携帯からもこけしが見れるようになりました
ホームページリニューアルから半年がたちまして、
携帯電話でもこけしがご覧いただけるようになりました。
パソコンで見るほうがもちろんきれいに見えるのですが、一度見てくださいね。
携帯で見るには、バーコードリーダーで上のコードを読み取ってください。
または、http://kijidaruma.com/ を直接入力してください。
2010.06.09 4000人達成!
平成14年10月から本格的にスタートした、「こけし・こま作り体験」。
平成22年6月6日の樹魂祭で、とうとう4000人を達成しました!
4000人を記念して、これまでの活動履歴を公開いたします。
思えば、僕がこけしを始めたのが平成14年7月。ほとんど僕のこけし人生と重なってきていた重要な活動の一つでした。
4000人までにはほんといろんなことがあって、うれしいこと、つらいこといろいろありました。
でもやっぱりこけしっていいもんだなぁと思います。やればやるほどおもしろさがでてくる。
これからもがんばって行きたいと思います。よろしくお願いいたします。
2010.06.07 弟弟子・佐藤裕介のデビュー
踏むべき順序を経てようやくデビューまでやってきたって感じなんですが、それまでにはちょっとした気苦労もあった。
弟は、佐藤裕介という名前。ずっと前から「夏井裕」という雅号で画家として活動してきた。
絵を描くことはもともと鍛え抜かれていたのに加えて、それ以外にもこけしの手伝いなんかも要所でやってきていたので、こけしを習得するのも僕よりも格段に速いような気がする。父も同じようなことを感じているらしい。
そんな彼だから、昨年10月から始めたこけし修行でも、年末にはこけしと呼べるこけしが作れるようになってきていた。
こけしの世界は情報が速いΣ(゚ロ゚ノ)ノネット時代に取り残されているこけし業界でも、そういううわさは口コミであっという間に愛好家の間に流れていくものなのです。
愛好家の方々は、作り始めた頃の、いわゆる「初作」と呼ばれるこけしに興味がある方が多い。でも5月に開かれる、本家弥治郎系こけし工人会総会で承認されるまでは頼まれても販売はしなかった。
ぶっちゃけ売っちゃうのは簡単なんです。でも踏むべき手順をはずすと、今後の彼の活動につまづきみたいなものを残すような気がして。それよりも必要以上に筋を通しておけば、きっと彼が独立したときに意味が出てくると思ってます。
そんなこんなで、5月の総会では現在のこけし業界の後継者不足と、筋を貫いたことが好感が持てたのが重なって喜んで承認されました。
おかげさまで今は全国のこけし会から注文が来て、日々一生懸命こけしと絵画活動をやっている具合です。
こけし会??って思う方も多いと思うけど、全国にはこけしを愛する方々の愛好会が存在しています。その中でも活発に活動している仙台の青葉こけし会で紹介されたので紹介します。
http://aobakokeshi.blog97.fc2.com/blog-entry-24.html
ほか、彼のブログでも弟弟子の日記が見れます。
http://blogs.yahoo.co.jp/natsui_you
毎日1枚絵を描いて公開しているようですΣ(゚ロ゚ノ)ノとても真似できん(笑)見てやってください!
2010.06.07 弟弟子・佐藤裕介のデビュー
踏むべき順序を経てようやくデビューまでやってきたって感じなんですが、それまでにはちょっとした気苦労もあった。
弟は、佐藤裕介という名前。ずっと前から「夏井裕」という雅号で画家として活動してきた。
絵を描くことはもともと鍛え抜かれていたのに加えて、それ以外にもこけしの手伝いなんかも要所でやってきていたので、こけしを習得するのも僕よりも格段に速いような気がする。父も同じようなことを感じているらしい。
そんな彼だから、昨年10月から始めたこけし修行でも、年末にはこけしと呼べるこけしが作れるようになってきていた。
こけしの世界は情報が速いΣ(゚ロ゚ノ)ノネット時代に取り残されているこけし業界でも、そういううわさは口コミであっという間に愛好家の間に流れていくものなのです。
愛好家の方々は、作り始めた頃の、いわゆる「初作」と呼ばれるこけしに興味がある方が多い。でも5月に開かれる、本家弥治郎系こけし工人会総会で承認されるまでは頼まれても販売はしなかった。
ぶっちゃけ売っちゃうのは簡単なんです。でも踏むべき手順をはずすと、今後の彼の活動につまづきみたいなものを残すような気がして。それよりも必要以上に筋を通しておけば、きっと彼が独立したときに意味が出てくると思ってます。
そんなこんなで、5月の総会では現在のこけし業界の後継者不足と、筋を貫いたことが好感が持てたのが重なって喜んで承認されました。
おかげさまで今は全国のこけし会から注文が来て、日々一生懸命こけしと絵画活動をやっている具合です。
こけし会??って思う方も多いと思うけど、全国にはこけしを愛する方々の愛好会が存在しています。その中でも活発に活動している仙台の青葉こけし会で紹介されたので紹介します。
http://aobakokeshi.blog97.fc2.com/blog-entry-24.html
ほか、彼のブログでも弟弟子の日記が見れます。
http://blogs.yahoo.co.jp/natsui_you
毎日1枚絵を描いて公開しているようですΣ(゚ロ゚ノ)ノとても真似できん(笑)見てやってください!
2010.05.23 木地処さとう倶楽部再開のお知らせ
ホームページリニューアルに伴って、休止していた木地処さとう倶楽部ですが。
ようやく再開の準備が整いました!
木地処さとう倶楽部とは・・・伝統こけしや、木地処さとうの活動をより楽しんでいただく倶楽部です。
前に登録されていた方も、再度登録していただくような形になりますが、ぜひご登録くださいね。
会員登録は無料。登録していただくとこんな特典があります。
・メールマガジン(月1回程度)や、展示会のご案内を差し上げます。
・会員登録時に、300ポイントをプレゼント☆お買い物の際 にご利用いただけます。
・便利なポイントシステムをご利用いただけます。
・会員様だけの特典も予定しています。
今後とも木地処さとうをよろしくお願いいたします。
2010.05.20 新工人・佐藤裕介のご紹介
以前から何度かご紹介はしてきましたが。
佐藤誠孝の次男で、英之の弟にあたる、佐藤裕介がこけし工人としてデビューすることになりましたので、ご紹介いたします。平成22年5月3日の弥治郎系工人会総会にて、伝統こけし工人に承認されました。
佐藤裕介(さとうゆうすけ) 昭和57年4月6日 福島県いわき市生まれ
幼い頃から絵画に深い興味を持ち、高校卒業後は絵画関係の専門学校へ進む。その後も独学で絵画を磨き、雅号「夏井裕」として地元を中心に絵画活動を行っていました。特に「にがおえ」は、暖かい雰囲気でとても人気があります。夏井裕の絵画専用ホームページはこちらからご覧いただけます。
学生の頃から手伝いをしていましたが、平成21年10月より、父誠孝を師匠として、正式にこけしの修行を始めました。絵画の経験から生まれる筆使いで、描彩には独特な味わいがあり、今後のこけしが期待されます。
平成20年5月。水木の皮むきにも参加してました。これも修行の始まりだったのかも。
現在、初作のこけしをホームページで販売開始しております。
佐藤裕介の初作こけしはこちらからご覧ください。
みなさん、どうぞあたたかく見守ってくださいますよう、よろしくお願いいたします。
2010.05.17 新工房完成!
建物は4月中に完成していながら、ゴールデンウィークの全日本こけしコンクール、いわきの工芸展のイベント準備・開催などでストップしていた新工房。
今日、とうとう完成しました!
今日は最後の仕事、看板の設置を行った。
その様子をご紹介しましょう。
1週間かけて私英之が製作した看板。
台になる素材はケヤキの大きな板なんだけど、実はこれを隣の大工さんからいただいて、それがすごくいい材料だったんです。それでムラムラと創作意欲がわいてきたΣ(゚ロ゚ノ)ノ
作るまではともかく、これを壁に取り付けることが最後の大仕事。
いろいろ計画を練って、最高に天気がよかった今日、ついに設置です!
まず外壁に穴をあける。外壁につけるわけではなくて、中にある柱につけなれればいけません。
新築したばっかりのところに穴をあけるなんてΣ(゚ロ゚ノ)ノうまくいくのか心配で仕方ない。
位置が正確に決まったら貫通させるまで手動ドリルで穴をあけます。これが一番確実です。
前もって取り付けておいたボルトを差し込んで
最後にビスで取り付け!
ああうまくいってよかった!とうとう新工房の完成です!
みなさん機会があったらぜひ遊びにいらしてください。
2010.04.12 木を削る道具・ロクロ
こけしに使う道具はたくさんあります。
今日はその中の、「木工ロクロ」についてお話します。
・二人挽きロクロ
ロクロが最初に作られた頃は、こういった手動のものでした。
これは2人で作業するもので、一人がなわで回して、一人が作業を行います。
後に作業の様子はご紹介しますが、すごく体力を消耗します!
言い伝えでは、一家の奥さんが回して、だんなさんが成型作業をするのが普通だったとか。
おそらくけんかすることも多々あったのではと僕は思いますΣ(゚ロ゚ノ)ノ
・足踏みロクロ
ずっと後になって、(明治時代)足踏みロクロが発明されました。
これは自分で足でペダルを交互に踏むことでロクロが回る仕組みになっています。
つまり、誰かに回してもらわなくてもできるようになったということです。
・モーターロクロ
画期的な足踏みロクロでしたが、電気の発明によってモーターを利用したロクロが導入されて、それ以降はほとんど使われなくなりました。
現代では、写真のような電気でモーターを回して、木を回転させるロクロを使っています。
でも、足踏み・手回しロクロでしか表現できないあたたかい味わいもあるのです。
次はその手回しロクロでの作業の様子をお伝えしようと思います☆
2010.04.09 工房増設・外観ができてきた!
工事開始からもうすぐ1ヶ月がたちます。
外観ができてきました!
あとは屋根の下側を塗装して、雨といを取り付ければ外側は終了なんだとか。
内側はあとコンクリートをしくだけです。来週には工事終了!
2階の窓からはポスターが見えるように設計されています☆
夜にはこんな感じにライトアップされます。
内部や飾りは来週から自分たちで行うことにしています。
うーん、楽しみ楽しみ(^ω^)
2010.04.07 こけしを世界へ☆
ずいぶん前から案を練っていたことが、ついに動き出しました。
名づけて「こけしを伝えるプロジェクトWorld」。
世界へこけしを伝えるのは、これから絶対必要なことはみんな思ってるんだけど、リサーチするのにいろんな本を読んだり準備を続けていました。
そしてとりあえずはできることからスタートすることにして、こけしブログ海外版をスタートさせることができました!
こけしは世界に通じる文化だと言われてきましたが、本格的に世界へ伝えたことはおそらくないはずです。
こけしだけでなく、日本の伝統文化は江戸時代の鎖国状態とあまり変わっていないのではと思うのです。
大学まで勉強してた英語版。英語は幅広い国々で見てもらえると思うので必要ですよね。
こけしブログin英語圏 以下のリンクから見れます。
http://kokeshidolljapan.blogspot.com/
そしてリサーチの結果一番日本に興味を持っている人が多い国は、お隣韓国だということがわかり、ハングルはとても難しいんですがチャレンジしてみることにしました。
こけしブログin韓国 以下のリンクから見れます。
http://kr.blog.yahoo.com/kokeshijapan1901/
ともかくどんな反応が返ってくるのか楽しみですよね!とりあえずは1年間続けてみることにします。
進行状況は逐次ブログでご紹介しますので、見守ってくださいね☆
2010.03.27 新工房建設 進行状況!
新工房の進行状況です。
基礎ができるとその後の仕事は速い!
連休明けの23日には棟上しました。
この日は瓦作業も含めて8名の職人さんたちが作業をしていました。
みるみるできていきます。
24日には瓦拭き。
瓦が、うちに使っているものが現在製造されていないそうでΣ(゚ロ゚ノ)ノ
リサイクルでどこかから持ってきたそうです。
ちなみに作業のあたってくれた富山瓦工業さん、現在3代目のお父さんと4代目の息子さんが中心になってやっているんだそうです。まるでうちを見ているようで応援したくなりました☆
25日は雨のため一日お休み。
26日にはサッシが入り、いよいよ全容が見えてきた!
今日27日は電気工事などもやってます。
2010.03.23 新工房建設の続き 基礎ができてきた
早いもので今年ももうお彼岸ですね。
わが新工房はいよいよ基礎が完成!
重機が持ち込まれて砂利をひいているところです。
柱の刻みも始まっています☆
お彼岸あけにはとうとう棟上です。あー楽しみ(^ω^)
2010.03.15 工房増設工事、基礎工事が始まった
ついに始まりました、工房増設工事! 昨日は日曜日だったけど、大安で日がいいということではじめてもらいました。
昨日地ならしをして、今日コンクリートで固めるんだそうです。
ああいよいよ始まったなぁ。楽しみです☆
2010.03.09 こけし工房増設工事が始まった
木地処さとうのこけし工房に来られたことがある方は、僕たちの工房のことを知っていると思いますが。
いまの工房は、もともと師匠一人が仕事をするように作られたもの。
※奥の建物・扉が開いているところが工房です。
約8年前に僕が仕事を始めて、その工房を二人で共有するようになった。
まだ二人のうちはよかったんだけど、昨年から僕の弟・裕介も加わり、今年の初めには彼専用のロクロも完成した。
そうなると 工房は広さが足らず、とうとう僕たちは工房を増設することに決めたのです!
増設する予定の広さは3坪。工房としては約倍の広さになります。
この新工房はオープン工房として、みなさんにより見てもらいやすい、わかりやすい、親しみやすい伝統こけしを目指していきたいと思っています。よろしくお願いいたします。
今日はその手始めの様子をごらんいただきましょう☆
上の写真をみるとわかるように、増設予定地にはふるーい物置が建っています。
これは僕たちがここに引っ越してきた26年前からある年代ものなのですΣ(゚ロ゚ノ)ノ
まず工事は、大工さんの仕事の前にこの物置を解体することから始まった。
26年間あったものを壊すってのはどうも感慨深いような気持ちにもなります。
いつだったかすごい台風が来たときに、屋根がぶっ飛んだこともある物置(笑)
ですが日本男子が3人そろえばあっつーまに解体してしまった。
ものの数時間Σ(゚ロ゚ノ)ノこんなにあっけなくなくなってしまうもんなんですねぇ。
その翌日。次はこれも26年間シンボルになってきたキンモクセイの木を伐採。
毎年秋になるときれいな花と香りを届けてくれたキンモクセイくん。
最初に枝をはらっていきます。
斧で切り倒したい方向に、半分くらいまで切れ込みを入れます。これが半端だと時間がかかるし、思う方向へ倒れなくて大変危険です。
このくらいの木ならばどうってことはありませんが、こけしに使う木材の場合は大変な大木なので、思う方向へうまく倒さないと、思わぬところに木が倒れて命を失った人もいるのです。
こういう小さい木でも大切な勉強です。
次に反対側からのこぎりで切っていきます。(普通はチェーンソーなどでやります。)
ああ!ついに26年間のシンボルが切り倒されました。
木地処さとうはこの木もゴミにしたりしません!乾燥させて、燃料として利用することで、最後までわが工房のシンボルの命を全うさせてやりたいと思います☆
大仕事を終えた男たちの笑顔☆
こうして新しい工房へスタートしました!来月中には建物部分ができあがる予定です。
オープン記念にはイベントも開催したいと思います☆
2010.02.04 こけしの材料管理
こけしに使う木はさまざまあります。
主に使うのは、ミズキ、イタヤカエデ。それが一番多い。
ほか、うちには桜、桑、いちょう、えんじゅ、椿などいろいろなものがあります。
それらは初代からのものも結構残ってたりして、下手したら乾燥期間50年以上??なんてものも。
そういった材料を使うときはやっぱりちょっと襟を正すというか、緊張します。
その材料をきちんと管理するのも大切な仕事なんですが、これが大変!
おそらくこけしの仕事の中でも一番重要で、かつ重労働なことなんじゃないかなと思います。
木は乾燥する期間が必要なので、乾燥中の材料の管理が必要。
乾燥が終わって、製材作業。まあ力仕事ですΣ(゚ロ゚ノ)ノ
そして保管するわけなんだけど、大量にあるから忘れちゃうんだよな~。
今年はそんな材料管理も研究テーマにしてみたいと思ってます(^ω^)
2010.01.21 薪
わが木地処さとうでは、主な暖房危機は「薪ストーブ」。
薪ストーブっていうのは、一昔前に廃れたような感じだったのが、最近はちょっとしたブームで、木地処さとうに訪れる人たちはとっても喜んでくれる。
エアコンや石油ストーブなどと違うメリットはいろいろある。
一番は、体の芯からあったまること。
薪ストーブを毎日やってると、エアコンや石油ストーブってのはどうも体の表面しか温めてもらえないことを感じる。それに空気が汚れない。換気はまず必要ないです。最近のエコブームにもぴったりはまるよね。電気も石油も使わないんだから。
そんないいことがたくさんある薪ストーブだけど、普及しにくい要因もたくさん。
まず燃料の確保が難しい。今の時代燃料になる薪を用意するのは大変なことです。
慣れるとそれほど大変じゃないと思うけど、薪を用意するスローライフでないと難しいかな。
煙突掃除などメンテナンスもけっこう手間がかかります。
今日もちょっとお昼前に薪の用意をしてた。
現代はいたるところから燃料になる薪は手に入ります。
昔はどこでもかまどがあって、燃料は朝早くから各家庭競争で取りに行ってたそうですよ。
一家の主婦が、「明日はあそこにあったやつを持ってきてやろう」と競っていたんだと近所のおばあさんが話してくれました。
うちでも近所の森や林から薪をいただいてくるけれど、そんな競争は皆無です。
いつ行っても好きなだけ薪を手に入れることができる。しかも森林の持ち主の方からは、森がきれいになると感謝される。
現実にも、今の森、竹林などは間伐がほとんどされてなくて荒れ放題のところがほとんどです。
荒れ放題どころか、ほとんどゴミ箱みたいな状態Σ(゚ロ゚ノ)ノ
昔はこれが競争で取られてて、いつでもすっきりきれいだったかと思うと、昔は毎日が自然と人の生活が調和したエコライフだったんだなと感じるんです。
ほんと、たまに思いますよ。原油なんて早くなくなってしまえばいいのに。
単純にそれだけとはいえないけれど、そうすればまた人と自然が調和した暮らしに戻ることができますよね。
やらなきゃしょーがねぇって状況にならなきゃ誰もやりませんから。
森に行ったりして薪を頂いてくると、あぁ、人間も自然の一部なんだなって再認識できるので僕は好きです。
2010.01.18 初挽き
平成22年1月2日。僕たちの本家がある弥治郎で、初挽きが行われました。毎年催されている神事なんですが、今年は僕が指名されて行ってきました。
詳しくお話したいと思いますが、地元で「高橋新聞」という個人の新聞を発行されている方から、初挽きの原稿を依頼されたので、せっかくなのでそれに添ってお話を聞いてほしいと思います。
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初挽き原稿
こけしってなんだろう。
そんなことを考えながらこけしを作りつづけて、今年で9年目を迎えようとしています。
僕は福島県いわき市で伝統こけしを製作している佐藤英之です。
僕の父も、祖父もこけしの作り手です。つまり僕は三代目なのです。毎年1月2日、初挽きというこけしの神事があって、今年は僕が指名されました。それについてお話します。
祖父と父
初代、祖父誠は、福島県伊達市の生まれ。農家の次男だった祖父は、9歳のときに奉公に出されました。奉公先は山一つ越えた、宮城県白石市弥治郎村の小倉さんという代々こけしを作る家でした。
農家と兼業だった小倉さんの家に小僧に入り、数年は農業と子守の日々。9歳の子供にきっとつらい試練だったと思います。そんな生活の中、次第にこけしを作ることも学び、成人する頃には弥治郎でも腕利きの工人となりました。
その後弥治郎を離れ、いわきで独立。様々な変遷を遂げましたが、祖父は名人と呼ばれる工人となり、亡くなる寸前までこけしを作り続けてこの世を去りました。
そんな祖父に憧れ、父は夢を実現した外国船の機関士をやめて、こけしを作るようになりました。
祖父が亡くなった後に独学でこけしを習得して、僕たち子供4人を育てるのは大変なことだったと今思います。特に大学まで出してもらった僕は、両親にもこけしにも感謝しています。
19年前の初挽き
僕が13歳の頃、父は初挽き工人に指名されました。
初挽きとは、毎年1月2日に、弥治郎系伝統こけし工人の中から選ばれた代表一人が、弥治郎村にある、小野宮惟喬神社(こけしを作るロクロを伝えた 神様を祭っている)の御前で、こけしを作り上げ、奉納するという神事です。一人の工人は一生に一度しか行うことができないとされています。11系統ある伝 統こけしの中でも、工人数が多いと言われる弥治郎系の中で代表に選ばれることも大変なことです。
今から19年前。父は43歳。若かったです。そして髪も多かった(笑)
母も当時36歳。家族全員を連れて初挽きへ行った父の思いは今思うとよくわかります。一生に一度の舞台を家族に見せたかったのに違いありません。 でも子供たちはその大事さはよくわかってはいなかったと思います。もちろん僕は、自分が未来にその儀式を受け継ぐとは夢にも思っていませんでした。
今年の初挽き
僕は24歳の時にこけしの道へ入り、8年半がたちました。
そして今年、初挽き工人に選ばれました。その未来がやってきたのですね。
僕たち家族6人は当時のことを鮮明に覚えています。迷わず家族全員で行くことに決めました。
家族全員ノリノリです(笑)まるで父はこのときのことを想定して当時家族みんなを連れて行ったような気がしました。
当日は予想通り、弥治郎は大雪が降ってました。
いわきは年間に1、2回程度しか雪が降らない温暖な気候なので、雪道にはお手上げです。高速も通行止め。なんと雲行きのあやしいスタートだと僕はなんとなく不安になりました。
ですが19年前の子供たちとは違いますね。運転はおまかせ!というドライバーが4人。
雪道には慣れてはいないけど、問題なく下道で現地へ。19年前は自分しか運転手がいなかった父は大変だったと改めて思いました。
現地到着すると、やっぱり大雪が積もっていてすごく寒かったです。
こけしを作ること自体は、普段からやっていることなので問題はありません。
問題なのは、この寒さと、本家の先輩方が見ているという緊張感です。
普段イベントで行う、お客様を目のまえに実演するのとはわけが違います。
いつも仕事をするときに思うことですが、こんな緊張状態になった時ほど、時間がかかってもいいから一つ一つの作業をていねいにやろう。こけしは出 来上がるまでほんとにたくさんの工程があって、一つでも失敗すれば、やり直しのきかない初挽きではトラブルになってしまうからです。急がば回れ。それしか ありません。
予想の通り、緊張と寒さでいつもどおりには出来ませんでした。天気はよかったですが、雪が吹雪いている中でこけしを作るなんて!きっと最初で最後だと思いました。
履いていた足袋にしみこんだ雪が、風で凍るのを感じました。これが辛かった・・・足先の感覚はほとんどありませんでした。
そんな状態でしたが、時間をかけて焦らないことだけを心がけて、ある程度思っていた具合のこけしができました。家族と、祖父、祖母が後押ししてくれたような気がしました。最高のスタッフに守られて、その時できる最高の仕事ができた。そう思います。
初挽きを終えて
今回の初挽きほど、自分が伝統を受け継いだと強く認識したことはなかったと思います。
祖父が幼少から10年以上修行を続けた地で、19年前に初挽きでこけしを挽いた父。そして今年、その約束の地で、同じ衣装を身につけて、同じこけしを作った三代目の僕。伝統こけしってやっぱりすばらしいと思いました。
後継者不足で存続があやぶまれている伝統工芸。
親から子へという受け継がれ方が軽視されてしまっている現代ですが、静かに受け継がれることが大切な文化が日本にはあると思います。
ありがたいことに、僕たちは三代続けてこけしを作り続けて、今は母と弟を含めて4人で活動を続けています。こんな風に家族で仕事をつないでいけるんだ、と少しでも見直してもらえたら、本当にうれしく思います。
こけしってなんだろう・・・こけしは人と人をつなぐ暖かい笑顔。今そんな風に感じています。
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以上、初挽きのお話でした。
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