伝統こけし こけし印鑑製作工房 木地処さとう こけしblog

2012.01.09  平成24年のご挨拶を申し上げます

木地処さとう 平成24年のご挨拶

 みなさま新しい年をいかがお迎えでしょうか?

昨年度は大変な震災を経験しましたが、多くのみなさまの支えのおかげで、木地処さとうは家族元気で新年を迎えることができました。


 本日は、新しい年のご挨拶とともに、木地処さとうの今後の方針についてご報告申し上げます。

 昨年の東日本大震災を機に、福島県いわき市から群馬県渋川市へ一時移転してもうすぐ10ヶ月となります。本当にたくさんの方に助けられ、支えられ、「絆」を強く感じる日々でした。

 私たちは3月頃をもって、福島に引き上げることにしました。
福島はようやく仮設住宅やガレキ撤去が進んだくらいで、今年は復興というよりは、本当の意味で震災で受けた傷と向き合う年になるのではないかと思います。

 私たちの福島の工房も、いたるところにダメージを受けていて、補修なども多々やらなければいけないことがあります。

 ですが、震災で学んだこと、一時移転した群馬県で学んだこと、そして私たちが脈々とつないできた100年の歴史をよく振り返り、一歩一歩進んでいくつもりです。

 100年の歴史の中にはこんなことがありました。
私たち木地処さとうは、第二次世界大戦という戦災を経験しています。
その当時は初代佐藤誠だけがこけしに従事していたのですが、終戦の少し前まで、福島県いわき市で「佐藤木工所」という大きな工場を経営していました。終戦間際には、ほとんど軍需工場となっていたようです。

 終戦間際、佐藤木工所はダミーの飛行場にするという悲しい目的で買収され、なくなってしまいました。
昭和元年創業の佐藤木工所は昭和20年頃に倒産ということになり、その後佐藤誠が復活を誓って移転したのが、群馬県前橋市群馬総社町でした。

 佐藤誠の群馬での仕事は、昭和30年頃まで続いたようですが、その頃は近代こけしの誕生時代。
群馬の木地業は小田原から伝わってきていましたが、近代こけしの誕生に佐藤誠が一役買っていたことは間違いないということがわかりました。

 そのことも、群馬に来なければ私たちには調べようがないことであって、私たち自身、自分達の歴史を再発見した感動がありました。

 私たちの初代は、そんな辛い時代をたくましく生き抜いた。
私たちもしっかりとこの震災から復活しなくてはいけないと思います。
これからもみなさんに応援していただけたら、きっと早く復興できると信じています。
 今後とも、木地処さとうをよろしくお願いいたします。

木地処さとう三代目 佐藤英之

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2011.06.07  さくらんぼ

赤城山の山荘。庭の桜の木に、なんとさくらんぼが実った!
まさかさくらんぼだったとは。小粒で少しすっぱいけど、とってもおいしい。
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来れる方は食べに来てください(笑)

いわきに、庭にさくらんぼの木があるという仲間がいた。
でも、実るとすぐに鳥の群れがやってきて、ぜーんぶ食べちゃうって話を聞いていたんだけど、このさくらんぼは毎日2、3羽のムクドリが食べに来るくらいでほとんどが無傷で残ってる。

鳥の数は、いわきの比じゃないほどたくさんいるのになぜか。
赤城山は自然の恵みがたくさんある山なんだと気付いた。

よく考えればいわきの街中には、鳥が食べるものなんてものはそんなにはなくて、きっと住みにくいんだろう。
赤城山には自然に木の実や野菜みたいなものがたくさん育ってる。種が勝手に飛んでいって、豊かな土壌がはぐくんでいるんだろう。

それはこけしに使うミズキにも言えるらしい。先日お世話になってる創作こけしの藤川さんに聞いた話だと、ミズキの種を鳥たちがどんどん広げて、自然にどんどんミズキが育ってしまうんだとか。

30年ほど前、創作こけしの作家さん達が榛名山にミズキを植林したらしい。将来のためにという目的だったようだけど、それよりも自然に増えるミズキが多くて、結局自分達では使わずに競売にかけたそうで。

なるほどね~と思った。そんなにミズキが豊富に取れるなんて、こけし工人には願ってもない土地です。それだけのミズキの産地だからか、乾燥にも適しているらしい。

思えばいわきは海の町だから、ミズキはほとんど取れなかったし、乾燥もとっても難しかった。まだまだ赤城山で学ぶことはありそうです。

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2011.05.05  津波に遭ったこけし

DSC00855.jpg 先日、いわきに一時帰宅したときに手に入ったこけし。

新舞子という海岸近くに位置する、新舞子ハイツ。
ここには長い間、うちのこけしが委託販売で、お土産に置かれていました。

浜辺から50メートルと離れていない新舞子ハイツには、津波が襲いました。
松林で多少は守られたものの、こけしたちは地震で倒れ、津波に浸ってしまったようです。
でも、流されはしなかったそうで、お返しいただきました。ぜひみなさんにも見ていただきたいと思います。

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津波は泥や油などいろいろな不純物が含まれているらしく、汚れは落ちません。
でも僕達のかわりに津波を受けたと思うとなんだかいとおしくなりますね。

震災からもうすぐ2ヶ月。僕達は避難の旅を続けています。
ふるさとでがんばっている仲間を思うと、切ない気持ちにもなりますが、今はここ群馬県でやることが
あると思っています。もう少しがんばってみようと思います(^^)

東日本大震災に関する記事をまとめました。以下のリンクからご覧くださいね。

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2011.04.27  赤城山工房への地図

赤城山の工房へ、自動車でお出かけの方へ。
どうやら、自動車のナビゲーションではたどり着けないことが判明いたしましたΣ(゚ロ゚ノ)ノ

住所は以下の通りですが、できればこちらの地図を持っていらしてください。
〒379-1111 群馬県渋川市赤城町北赤城山460-204
なお、時々不在の場合があるので、事前にご連絡ください!090-3122-0102です。

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関越自動車道、赤城インターチェンジからの地図です。
①インターを降りたら、右折。約1キロで信号があります。左折してください。右に直売所、左にコンビニが目印です。
②約5キロ道なりです。途中大きく曲がるところもありますが、直進してください。
地図Aの場所です。芳が沢という地域に入るのですが、曲がるところが重要です。
青木農園さんの、「ブルーベリー狩り」の看板と、
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右折→芳が沢 オーケーコーポレーション入り口 ここを右折です!
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地図Bの場所。その道をさらに2キロほど行くと、右手に木地処さとうの赤城工房があります。
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「佐藤」と裕介さん直筆の看板があります。
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ここを目指してきてください。
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くれぐれも道中はお気をつけていらしてくださいね(^ω^)
ぜひ前もって来訪日時をお知らせくださいませ。
メール:info@kijidaruma.com
電話:090-3122-0102

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2011.04.21  赤城山の工房ができてきた

壁のない、わが赤城山の工房をご紹介して1週間。

男手3つで作業を続け、ようやく形になってきたのでお見せします!
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ずいぶん変わったでしょ!?なんと部屋が二つになりました。
左側のロクロがある部屋には藤棚の形跡が見えます。

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なんと扉がついたんです。もちろん壁も貼りましたよ。
集った材料の9割は、廃材です。少しはホームセンターで買ってきました。

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隣の部屋は、おなじみの丸のこがあります。ここで木取りという作業を行うことができるんです。
この丸のこは、応援してもらってる藤川工芸さんにお借りしたもの。
これがあると助かるんです~!大きな原木をある程度の大きさに切り出す作業を木取りというんだけど、
それがすぐできる環境までになるとは思ってませんでした。

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今日は誠孝さんが作業中。音楽を聴きながらノリノリです(笑)
ようやく仕事ができることでうれしいんでしょう。

ここ1週間で、工房つくりばかりしてたわけではなくて、少しだけど製作もやってました。
裕介さんは結構こけし作ってるんで、近いうちご紹介することになると思いますが、
今日は誠孝さんと、英之のこけしけん玉を何点か販売開始しました!

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誠孝作・白水こけしけん玉。他、英之作だるまけん玉もあります。
詳しくは、赤城山の作品からご覧ください。


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これは赤城山の作品ではありませんが、いわきで作った英之作こけし。今日は4点ご紹介しました。
あの震災を乗り越えたこけしですから、そういう意味では縁起物ですΣ(゚ロ゚ノ)ノ
詳しくは英之作伝統こけしからご覧ください。


ではまた赤城山の状況をご紹介しますね。

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2011.04.13  本式のロクロが動き出す

裏の物置を片付けて、こけしの工房に改造してから2週間。

やはり実演用の小さいロクロでは仕事が限られてしまうということで、本式のロクロを持ってこようと計画を練っていました。

本式のロクロは実演用とどう違うのか?

まずやぐらの大きさが違います。大きさは倍以上あって、しっかり組まれています。
モーターは1馬力だけど、動力の電気を使うので力が全く別物。実演用は家庭の100ボルトです。
わかりやすくいえば、こけしなら実演用は7寸(約21cm)くらいまでしかできないけど、本式のものは最大で2尺(60cm)の大作でも作ることができるんです。正確な細工もできます。

それにしても、別荘で動力の電気が入ってるってこと自体ミラクルだと思いませんか?
普通一般家庭に動力なんて必要ないのに。ありがたやありがたや。

それにはまず場所が必要だってことで、庭にある藤棚がなんとかならないかって話までは先日書きました。
それで、先週オーナーさんの了解を得て、屋根と床をはるところまでできた。

土日にいわきへ一時帰宅してきました。そして本式のロクロ一式を運んできて昨日、組み立てました!
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まだ壁はありません(笑)これがほんとのオープン工房なんちゃって(笑)
壁は近いうちにはるつもりですが、今はだいぶあったかくなったから、気をつければしばらくはこのままでも大丈夫。

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持ってきたロクロは、本店に3台ある本式ロクロのうち、英之専用だったもの。
誠孝さんのロクロは移動不可能なタイプで、裕介さんのはどちらかというと小さい作品向けになっているため、10年前に誠孝さんが作った英之専用ロクロが一番よいということになったんです。

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さあさっそくやってみましたよ。材料は、群馬県産のみずきです!
まだ工房完成には時間がかかりますが、少しずつ出来上がっていくのはとても楽しいです。

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2011.04.08  赤城山こけし、販売始めました。

赤城山にある、創作こけしの工房、藤川工芸さんにご提供いただいて、群馬県産のミズキで今後こけしを製作することになりました(^ω^)ほんとありがたい。感謝です。

今まで使ってきた木材は、全て東北産のものだった。それ以外のものは考えたこともなかったんだけど、すごくいいミズキ材です。みなさん楽しみにしててください。
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このミズキを使ったこけしは、来週以降に製作が始まります。

その前に、いわきから持ってきた材料で、赤城山こけし工房で作ったこけし7点を販売開始しました!
佐藤裕介作こけしです。
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詳しくは、新しく追加した「赤城山での作品」カテゴリからご覧いただけます。
みなさんぜひご覧くださいね。

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2011.04.05  赤城山でのこけしができた!

昨日、4月4日。
震災から25日目にして、僕はやっとこけしを作り始めることができた。
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ずいぶんやってないと、勘が鈍るもんです。どうもいつもどおりにはいきません。
でもともかく一つ、仕上げてみることが大事と肝に命じ、無心で作ってみました。

この機会なので、僕が大切にしている道具をご紹介しますね。
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ロクロと、木を削るためのカンナ棒。これはこけし作りではおなじみの道具。
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製作手帳。これはこけしを作る虎の巻のようなもので、僕が独自に書き続けているもの。
これがあれば、今まで作ってきたものは大体作ることができるんですよ。
中身はヒミツですΣ(゚ロ゚ノ)ノ

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筆入れ。こけしは筆が命ですから。実演用に絵を描いておいて、いつでも持ち歩けるようにと思っていたのがこんなときに役に立つとは。

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染料を入れてるビン。ふたにこけしをつけてる。これも実演用にと思ってたんだけど、役に立ってよかった!

そして今日、絵付けをして完成したこけしたちがこちら。
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英之作大野栄治型作り付けくびれ枝梅5寸7分。

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裕介作誠古型ロクロ裾広5寸。

やはりいつも作っているものと比べると、課題が残る部分はあるんだけど、ともかく赤城山での第1作目ができました!


そしてもう一つ。
今の物置では、どうしてもスペースが足らないということで、もう一つ作業場を考えていました。
そこで思いついたのが、庭にあった藤棚。今は使っていないということで、これの周りを囲えばなんとか工房になるんじゃないかと、父が奮闘してます。・・・今のところ工房になりそうもないですが。これがものになれば製作についてもぐっとよくなるんですが。
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またご報告します!

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2011.04.04  ボランティアけん玉

赤城山に来てから今日で13日目。もうすっかり慣れてきて、少し余裕もできてきました。

昨日の日曜日は、近くにある避難所へ行ってボランティアでけん玉を披露・教室もやってきました!
僕達は恵まれている避難者だから、できることはやらせてもらおうということです。

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NPO法人日本けん玉協会から寄付していただいたけん玉。おととい届きました!
これを使わせてもらって。

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渋川市内では唯一の避難所となっている、ユートピア赤城へ行ってきた。

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合計20人くらいのみなさんが、短い時間だったけどけん玉を楽しみました!
長い避難生活、少しでもリフレッシュしてもらえたらうれしいです(^ω^)

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2011.04.01  赤城山での初こけし

今日、赤城山で初めてのこけしが生まれました。

朝早くから弟弟子の裕介工人がこけしを挽いていました。
そして仕上がったのが3つのこけしたち。
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あの地震から3週間目の今日、ようやくこけしを作ることが再開できました。

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兄弟子の英之はと言えば・・・のこぎりで木を切る作業Σ(゚ロ゚ノ)ノ

いえいえ、これも大切な仕事の一つです。
明日こそは僕もこけしを作りたいと思いますよ。

ぜひみなさん、赤城山のわが工房へ遊びにいらしてくださいね☆

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2011.03.31  復興への第一歩

このブログの副題に、「英之のこけし修行記」としてましたが、まさかこんな形になるとは夢にも思いませんでした。

今日から、群馬県の赤城山で、木地処さとうは再始動しました。
ふるさといわきへの思いはとりあえず心の中に収めて、前を向いてがんばっていこうと思います。

さて、今日はそんな赤城山の一時移転先についてご紹介しましょう。

群馬県渋川市。赤城山の標高600mに位置するわが山荘。
ここからは榛名富士、子持山、遠くは北アルプスまで見渡せる絶景の場所(^ω^)
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とても不思議なご縁で、ここを借りられることになりました。
オーナーの方も快く仕事してもOKと許可してくださったので、心置きなくがんばれます。

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今日、いわきの本店から持ってきたこけしを展示しました!
雰囲気が違うとびっくりしました。みなさんぜひこけしを見にいらしてください☆

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裏にある小屋で、こけし工房を作りました。

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弟弟子の裕介工人が早速こけしを挽き始めました。
ロクロは1台しかないので、なかなか大変ですが当面はこれでがんばっていこうと思います。

とにもかくにも、私達なりの復興の第一歩を踏み出したということになると思います。
私達だけでなく、東北のこけし工人は大変な状況になっていると聞きました。
この時期は試練だと思います。ここを乗り越えられればきっと大きな力になるはず。

ぜひ赤城山にみなさん遊びにいらしてくださいね。
地図はこちら(オーケー牧場の近くです)

大きな地図で見る



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2011.01.07  新年のごあいさつ

みなさま、あけましておめでとうございます。
木地処さとうよりこけしブログで年賀状をお届けいたします。

木地処さとうより、あけましておめでとうございます

今年も手描きの年賀状でした。今回は昨年の、全国こけし祭りコンクール家族4人同時入賞をテーマにしてみました。例年よりかなり豪華な年賀状となってます。時間も相当かかりましたΣ(゚ロ゚ノ)ノ

ようやく今日すべて発送となります。もちろんたくさんはできませんので、お手元に届かない方もあしからずご了承ください。
ご希望の方は、メールで年賀状画像(印刷可能)をお送りしますので、info@kijidaruma.comまでご連絡くださいね。

では今年もよろしくお願いいたします。

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2010.12.30  今年もありがとうございました

今年も残すところわずかとなりました。
今年一年はいかがでしたか?今日今年最後のメルマガを配信いたしました。
その内容を、今年最後のこけしブログとして紹介して、一年の締めくくりとしたいと思います。


こけしは、第3次こけしブームなどと言われ、ずいぶんと盛り上がった一年でした。

お正月に楽しんでいただけるよう、新作紹介を行いました。
お正月セット2011。久々にお正月セット、リニューアルで復活です!
お求めの際は、全国送料無料にてお届けいたします。
http://www.kijidaruma.com/products/detail.php?product_id=517

山河之響の会に出品した誠孝作伝統こけし29点紹介しました。
http://www.kijidaruma.com/products/list.php?category_id=10

今年最後のメルマガは、木地処さとうの一年を振り返ってみたいと思います。
ご興味がある方だけお付き合いくださいね。

私たちも、お正月の弥治郎初挽きから始まり、
http://www.kijidaruma.com/content/2010/02/d_/489.php
新工房「誠孝舎」3月着工。
http://www.kijidaruma.com/blog/2010/03/post_20.php
5月・佐藤裕介工人デビュー
http://www.kijidaruma.com/blog/2010/05/post_32.php
そして全日本こけしコンクール実演
http://www.kijidaruma.com/blog/2010/05/post_31.php
新工房「誠孝舎」完成
http://www.kijidaruma.com/blog/2010/05/post_29.php
6月仙台こけしぼっこさん主催・「こけしと旅と本」に参加
http://www.kijidaruma.com/blog/2010/06/post_43.php
9月全国こけし祭りコンクール 史上初4人同時入賞
http://www.kijidaruma.com/blog/2010/09/4.php
雑誌「nid」にこけし印鑑が掲載される
http://www.kijidaruma.com/blog/2010/09/nid.php
日本けん玉協会コラボ作品「こけしけん玉」デビュー
http://www.kijidaruma.com/blog/2010/09/post_51.php
ブログでは紹介できていませんが、
10月みちのくこけし祭りコンクール 佐藤兄弟同時入賞
12月山河之響の会銀座展に誠孝さんが参加
http://www.kijidaruma.com/content/cat234.php
こけしサンタデビュー。人気でした!
http://www.kijidaruma.com/blog/2010/12/post_59.php

ざっと大きなものだけでもこれだけありました。
来年も楽しんでいただける活動を続けて行きたいものです☆
今後とも木地処さとうをよろしくお願いいたします。

では良い新年をお迎えください!
今年もお付き合いくださりありがとうございました。

 

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2010.12.19  できました~こけしサンタ!

ようやく、ようやっとできました、こけしサンタ!

こけしサンタ・けん玉

丸々10日かかりました。
僕が10日かける製作というのはかなり長い期間。もちろん他にも仕事が重なっているということもありますが。

休日返上、1週間毎日残業でクリスマスに間に合ったΣ(゚ロ゚ノ)ノ
できたのはけん玉の方です。こまはこれからかかります。けん玉は難しい細工があって時間がかかるので先に仕上げました。

お待たせしたみなさん~近日中にお手元に届きますのでお待ちくださいね☆

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2010.09.23  最近の弟弟子

全国こけし祭りコンクールでの初入賞から2週間、わが弟弟子・佐藤裕介工人の近況です。

今週になってようやく報道各社への報告が済み、少しずつ取材の依頼も入ってきました。
昨日は最初に河北新報社の記者さんが取材に来ましたよ。すぐではないでしょうが、河北新報を取っている方はそのうち掲載になると思いますので見てくださいね。

記者さんも、何回も足を運んでいただくとこけしについても興味が深くなるようで、今回はかなり突っ込んだ話ができました。こんな取材だと私たちもやりがいがあるというものです☆

裕介工人は、画家時代には何度か取材を受けていましたが、こけし工人になってからは初めての取材。
自分の内に秘めた思いを言葉で表現するのは、工人にとってはとても難しいことなんです。
言葉を選びながら、時間をかけて話をする姿が印象的でした。

さて今日は祝日ですが、マイペースの裕介工人には世間のカレンダーなど無関係のようです(笑)
お昼頃から夕方まで、休憩を挟みながらこけしを挽いています。
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裕介工人の生活は普通とは違っています。一番違うのは夜。夜に絵を描いています。画家としての活動はライフワーク。深夜まで絵を描く。
日中も絵を描くこともあるのかもしれませんが、主に昼間はロクロに上がり、こけしを挽いています。
どうも「裕介時間」らしきものが彼の中で存在するらしく、途中ふいにどこかへ行ってしまったりします。
それは家族が見ていても予想がつかず、師匠の誠孝さんも自由にさせているようです。
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東京こけし友の会からの依頼で、おみやげこけしをたくさん作っているようです。
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毎日の積み重ねで、作るこけしの種類も増えてきました。花模様があるこけしが多いようですね。
その辺は僕が始めた頃と違う部分。僕は筆を使うことも初めてでしたから、花模様などは極力避けていました(笑) 僕の初期はロクロ模様が多かったんです。でもそのほうが普通だと思うんですが。

P1020050.jpg
おまけ。誠孝さんは、クラフト作家の仲間の依頼で、加工の仕事をしていました。
木を丸く加工すること自体が特殊技能ですから、こういう仕事も結構あります。
この木はタモ。いすの材料になるんだそうです。

以上、近況報告でした。

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2010.07.10  携帯からもこけしが見れるようになりました

ホームページリニューアルから半年がたちまして、
携帯電話でもこけしがご覧いただけるようになりました。
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パソコンで見るほうがもちろんきれいに見えるのですが、一度見てくださいね。

携帯で見るには、バーコードリーダーで上のコードを読み取ってください。
または、http://kijidaruma.com/ を直接入力してください。

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2010.06.09  4000人達成!

平成14年10月から本格的にスタートした、「こけし・こま作り体験」。

平成22年6月6日の樹魂祭で、とうとう4000人を達成しました!
4000人を記念して、これまでの活動履歴を公開いたします。
100609-1.jpg
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思えば、僕がこけしを始めたのが平成14年7月。ほとんど僕のこけし人生と重なってきていた重要な活動の一つでした。

4000人までにはほんといろんなことがあって、うれしいこと、つらいこといろいろありました。
でもやっぱりこけしっていいもんだなぁと思います。やればやるほどおもしろさがでてくる。

これからもがんばって行きたいと思います。よろしくお願いいたします。

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2010.06.07  弟弟子・佐藤裕介のデビュー

今年5月にわが弟がこけし工人としてデビューした。(こけしの作り手は、「工人」と呼ばれて職人とか作家と区別されている)

踏むべき順序を経てようやくデビューまでやってきたって感じなんですが、それまでにはちょっとした気苦労もあった。

弟は、佐藤裕介という名前。ずっと前から「夏井裕」という雅号で画家として活動してきた。
絵を描くことはもともと鍛え抜かれていたのに加えて、それ以外にもこけしの手伝いなんかも要所でやってきていたので、こけしを習得するのも僕よりも格段に速いような気がする。父も同じようなことを感じているらしい。

そんな彼だから、昨年10月から始めたこけし修行でも、年末にはこけしと呼べるこけしが作れるようになってきていた。
こけしの世界は情報が速いΣ(゚ロ゚ノ)ノネット時代に取り残されているこけし業界でも、そういううわさは口コミであっという間に愛好家の間に流れていくものなのです。

愛好家の方々は、作り始めた頃の、いわゆる「初作」と呼ばれるこけしに興味がある方が多い。でも5月に開かれる、本家弥治郎系こけし工人会総会で承認されるまでは頼まれても販売はしなかった。
ぶっちゃけ売っちゃうのは簡単なんです。でも踏むべき手順をはずすと、今後の彼の活動につまづきみたいなものを残すような気がして。それよりも必要以上に筋を通しておけば、きっと彼が独立したときに意味が出てくると思ってます。

そんなこんなで、5月の総会では現在のこけし業界の後継者不足と、筋を貫いたことが好感が持てたのが重なって喜んで承認されました。
おかげさまで今は全国のこけし会から注文が来て、日々一生懸命こけしと絵画活動をやっている具合です。

こけし会??って思う方も多いと思うけど、全国にはこけしを愛する方々の愛好会が存在しています。その中でも活発に活動している仙台の青葉こけし会で紹介されたので紹介します。
http://aobakokeshi.blog97.fc2.com/blog-entry-24.html

ほか、彼のブログでも弟弟子の日記が見れます。
http://blogs.yahoo.co.jp/natsui_you
毎日1枚絵を描いて公開しているようですΣ(゚ロ゚ノ)ノとても真似できん(笑)見てやってください!

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2010.06.07  弟弟子・佐藤裕介のデビュー

今年5月にわが弟がこけし工人としてデビューした。(こけしの作り手は、「工人」と呼ばれて職人とか作家と区別されている)

踏むべき順序を経てようやくデビューまでやってきたって感じなんですが、それまでにはちょっとした気苦労もあった。

弟は、佐藤裕介という名前。ずっと前から「夏井裕」という雅号で画家として活動してきた。
絵を描くことはもともと鍛え抜かれていたのに加えて、それ以外にもこけしの手伝いなんかも要所でやってきていたので、こけしを習得するのも僕よりも格段に速いような気がする。父も同じようなことを感じているらしい。

そんな彼だから、昨年10月から始めたこけし修行でも、年末にはこけしと呼べるこけしが作れるようになってきていた。
こけしの世界は情報が速いΣ(゚ロ゚ノ)ノネット時代に取り残されているこけし業界でも、そういううわさは口コミであっという間に愛好家の間に流れていくものなのです。

愛好家の方々は、作り始めた頃の、いわゆる「初作」と呼ばれるこけしに興味がある方が多い。でも5月に開かれる、本家弥治郎系こけし工人会総会で承認されるまでは頼まれても販売はしなかった。
ぶっちゃけ売っちゃうのは簡単なんです。でも踏むべき手順をはずすと、今後の彼の活動につまづきみたいなものを残すような気がして。それよりも必要以上に筋を通しておけば、きっと彼が独立したときに意味が出てくると思ってます。

そんなこんなで、5月の総会では現在のこけし業界の後継者不足と、筋を貫いたことが好感が持てたのが重なって喜んで承認されました。
おかげさまで今は全国のこけし会から注文が来て、日々一生懸命こけしと絵画活動をやっている具合です。

こけし会??って思う方も多いと思うけど、全国にはこけしを愛する方々の愛好会が存在しています。その中でも活発に活動している仙台の青葉こけし会で紹介されたので紹介します。
http://aobakokeshi.blog97.fc2.com/blog-entry-24.html

ほか、彼のブログでも弟弟子の日記が見れます。
http://blogs.yahoo.co.jp/natsui_you
毎日1枚絵を描いて公開しているようですΣ(゚ロ゚ノ)ノとても真似できん(笑)見てやってください!

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2010.05.23  木地処さとう倶楽部再開のお知らせ

ホームページリニューアルに伴って、休止していた木地処さとう倶楽部ですが。
ようやく再開の準備が整いました!

木地処さとう倶楽部とは・・・伝統こけしや、木地処さとうの活動をより楽しんでいただく倶楽部です。
前に登録されていた方も、再度登録していただくような形になりますが、ぜひご登録くださいね。

会員登録は無料。登録していただくとこんな特典があります。
・メールマガジン(月1回程度)や、展示会のご案内を差し上げます。
会員登録時に、300ポイントをプレゼント☆お買い物の際 にご利用いただけます。
・便利なポイントシステムをご利用いただけます。
・会員様だけの特典も予定しています。



今後とも木地処さとうをよろしくお願いいたします。

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2010.05.20  新工人・佐藤裕介のご紹介

以前から何度かご紹介はしてきましたが。
佐藤誠孝の次男で、英之の弟にあたる、佐藤裕介がこけし工人としてデビューすることになりましたので、ご紹介いたします。平成22年5月3日の弥治郎系工人会総会にて、伝統こけし工人に承認されました。
新工人・佐藤裕介

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佐藤裕介(さとうゆうすけ) 昭和57年4月6日 福島県いわき市生まれ

幼い頃から絵画に深い興味を持ち、高校卒業後は絵画関係の専門学校へ進む。その後も独学で絵画を磨き、雅号「夏井裕」として地元を中心に絵画活動を行っていました。特に「にがおえ」は、暖かい雰囲気でとても人気があります。夏井裕の絵画専用ホームページはこちらからご覧いただけます。
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学生の頃から手伝いをしていましたが、平成21年10月より、父誠孝を師匠として、正式にこけしの修行を始めました。絵画の経験から生まれる筆使いで、描彩には独特な味わいがあり、今後のこけしが期待されます。
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平成20年5月。水木の皮むきにも参加してました。これも修行の始まりだったのかも。

現在、初作のこけしをホームページで販売開始しております。
佐藤裕介の初作こけしはこちらからご覧ください。

みなさん、どうぞあたたかく見守ってくださいますよう、よろしくお願いいたします。

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2010.05.17  新工房完成!

建物は4月中に完成していながら、ゴールデンウィークの全日本こけしコンクール、いわきの工芸展のイベント準備・開催などでストップしていた新工房。

今日、とうとう完成しました!
今日は最後の仕事、看板の設置を行った。
その様子をご紹介しましょう。

1週間かけて私英之が製作した看板。
台になる素材はケヤキの大きな板なんだけど、実はこれを隣の大工さんからいただいて、それがすごくいい材料だったんです。それでムラムラと創作意欲がわいてきたΣ(゚ロ゚ノ)ノ
こけし工房完成

作るまではともかく、これを壁に取り付けることが最後の大仕事。
いろいろ計画を練って、最高に天気がよかった今日、ついに設置です!
こけし工房完成
まず外壁に穴をあける。外壁につけるわけではなくて、中にある柱につけなれればいけません。
新築したばっかりのところに穴をあけるなんてΣ(゚ロ゚ノ)ノうまくいくのか心配で仕方ない。

こけし工房完成
位置が正確に決まったら貫通させるまで手動ドリルで穴をあけます。これが一番確実です。

こけし工房完成
前もって取り付けておいたボルトを差し込んで

こけし工房完成
最後にビスで取り付け!

こけし工房完成
ああうまくいってよかった!とうとう新工房の完成です!
みなさん機会があったらぜひ遊びにいらしてください。

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2010.04.12  木を削る道具・ロクロ

こけしに使う道具はたくさんあります。
今日はその中の、「木工ロクロ」についてお話します。

・二人挽きロクロ
ロクロが最初に作られた頃は、こういった手動のものでした。
これは2人で作業するもので、一人がなわで回して、一人が作業を行います。

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後に作業の様子はご紹介しますが、すごく体力を消耗します!
言い伝えでは、一家の奥さんが回して、だんなさんが成型作業をするのが普通だったとか。
おそらくけんかすることも多々あったのではと僕は思いますΣ(゚ロ゚ノ)ノ

・足踏みロクロ
ずっと後になって、(明治時代)足踏みロクロが発明されました。
これは自分で足でペダルを交互に踏むことでロクロが回る仕組みになっています。
つまり、誰かに回してもらわなくてもできるようになったということです。
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・モーターロクロ
画期的な足踏みロクロでしたが、電気の発明によってモーターを利用したロクロが導入されて、それ以降はほとんど使われなくなりました。
現代では、写真のような電気でモーターを回して、木を回転させるロクロを使っています。
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電気を利用することで、作業の労力は大幅に軽減されて、生産量もずっと多くなりました。
でも、足踏み・手回しロクロでしか表現できないあたたかい味わいもあるのです。
次はその手回しロクロでの作業の様子をお伝えしようと思います☆

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2010.04.09  工房増設・外観ができてきた!

工事開始からもうすぐ1ヶ月がたちます。

外観ができてきました!
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あとは屋根の下側を塗装して、雨といを取り付ければ外側は終了なんだとか。
内側はあとコンクリートをしくだけです。来週には工事終了!

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2階の窓からはポスターが見えるように設計されています☆
夜にはこんな感じにライトアップされます。
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内部や飾りは来週から自分たちで行うことにしています。
うーん、楽しみ楽しみ(^ω^)

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2010.04.07  こけしを世界へ☆

ずいぶん前から案を練っていたことが、ついに動き出しました。
名づけて「こけしを伝えるプロジェクトWorld」。

世界へこけしを伝えるのは、これから絶対必要なことはみんな思ってるんだけど、リサーチするのにいろんな本を読んだり準備を続けていました。

そしてとりあえずはできることからスタートすることにして、こけしブログ海外版をスタートさせることができました!
こけしは世界に通じる文化だと言われてきましたが、本格的に世界へ伝えたことはおそらくないはずです。
こけしだけでなく、日本の伝統文化は江戸時代の鎖国状態とあまり変わっていないのではと思うのです。

大学まで勉強してた英語版。英語は幅広い国々で見てもらえると思うので必要ですよね。
こけしブログin英語圏 以下のリンクから見れます。
http://kokeshidolljapan.blogspot.com/

そしてリサーチの結果一番日本に興味を持っている人が多い国は、お隣韓国だということがわかり、ハングルはとても難しいんですがチャレンジしてみることにしました。
こけしブログin韓国 以下のリンクから見れます。
http://kr.blog.yahoo.com/kokeshijapan1901/

ともかくどんな反応が返ってくるのか楽しみですよね!とりあえずは1年間続けてみることにします。
進行状況は逐次ブログでご紹介しますので、見守ってくださいね☆


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2010.03.27  新工房建設 進行状況!

  新工房の進行状況です。
基礎ができるとその後の仕事は速い!

連休明けの23日には棟上しました。
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この日は瓦作業も含めて8名の職人さんたちが作業をしていました。
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みるみるできていきます。
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24日には瓦拭き。
瓦が、うちに使っているものが現在製造されていないそうでΣ(゚ロ゚ノ)ノ
リサイクルでどこかから持ってきたそうです。
ちなみに作業のあたってくれた富山瓦工業さん、現在3代目のお父さんと4代目の息子さんが中心になってやっているんだそうです。まるでうちを見ているようで応援したくなりました☆
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25日は雨のため一日お休み。
26日にはサッシが入り、いよいよ全容が見えてきた!
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今日27日は電気工事などもやってます。

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2010.03.23  新工房建設の続き 基礎ができてきた

早いもので今年ももうお彼岸ですね。

わが新工房はいよいよ基礎が完成!
重機が持ち込まれて砂利をひいているところです。
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柱の刻みも始まっています☆
お彼岸あけにはとうとう棟上です。あー楽しみ(^ω^)


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2010.03.15  工房増設工事、基礎工事が始まった

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ついに始まりました、工房増設工事! 昨日は日曜日だったけど、大安で日がいいということではじめてもらいました。

昨日地ならしをして、今日コンクリートで固めるんだそうです。
ああいよいよ始まったなぁ。楽しみです☆

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2010.03.09  こけし工房増設工事が始まった

木地処さとうのこけし工房に来られたことがある方は、僕たちの工房のことを知っていると思いますが。
いまの工房は、もともと師匠一人が仕事をするように作られたもの。

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※奥の建物・扉が開いているところが工房です。

約8年前に僕が仕事を始めて、その工房を二人で共有するようになった。
まだ二人のうちはよかったんだけど、昨年から僕の弟・裕介も加わり、今年の初めには彼専用のロクロも完成した。

そうなると 工房は広さが足らず、とうとう僕たちは工房を増設することに決めたのです!
増設する予定の広さは3坪。工房としては約倍の広さになります。

この新工房はオープン工房として、みなさんにより見てもらいやすい、わかりやすい、親しみやすい伝統こけしを目指していきたいと思っています。よろしくお願いいたします。

今日はその手始めの様子をごらんいただきましょう☆

上の写真をみるとわかるように、増設予定地にはふるーい物置が建っています。
これは僕たちがここに引っ越してきた26年前からある年代ものなのですΣ(゚ロ゚ノ)ノ

まず工事は、大工さんの仕事の前にこの物置を解体することから始まった。
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26年間あったものを壊すってのはどうも感慨深いような気持ちにもなります。
いつだったかすごい台風が来たときに、屋根がぶっ飛んだこともある物置(笑)

ですが日本男子が3人そろえばあっつーまに解体してしまった。
ものの数時間Σ(゚ロ゚ノ)ノこんなにあっけなくなくなってしまうもんなんですねぇ。
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その翌日。次はこれも26年間シンボルになってきたキンモクセイの木を伐採。
毎年秋になるときれいな花と香りを届けてくれたキンモクセイくん。
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最初に枝をはらっていきます。
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斧で切り倒したい方向に、半分くらいまで切れ込みを入れます。これが半端だと時間がかかるし、思う方向へ倒れなくて大変危険です。
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このくらいの木ならばどうってことはありませんが、こけしに使う木材の場合は大変な大木なので、思う方向へうまく倒さないと、思わぬところに木が倒れて命を失った人もいるのです。
こういう小さい木でも大切な勉強です。

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次に反対側からのこぎりで切っていきます。(普通はチェーンソーなどでやります。)

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ああ!ついに26年間のシンボルが切り倒されました。

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木地処さとうはこの木もゴミにしたりしません!乾燥させて、燃料として利用することで、最後までわが工房のシンボルの命を全うさせてやりたいと思います☆

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大仕事を終えた男たちの笑顔☆

こうして新しい工房へスタートしました!来月中には建物部分ができあがる予定です。
オープン記念にはイベントも開催したいと思います☆

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2010.02.04  こけしの材料管理

こけしに使う木はさまざまあります。

主に使うのは、ミズキ、イタヤカエデ。それが一番多い。
ほか、うちには桜、桑、いちょう、えんじゅ、椿などいろいろなものがあります。

それらは初代からのものも結構残ってたりして、下手したら乾燥期間50年以上??なんてものも。
そういった材料を使うときはやっぱりちょっと襟を正すというか、緊張します。

その材料をきちんと管理するのも大切な仕事なんですが、これが大変!
おそらくこけしの仕事の中でも一番重要で、かつ重労働なことなんじゃないかなと思います。

木は乾燥する期間が必要なので、乾燥中の材料の管理が必要。
乾燥が終わって、製材作業。まあ力仕事ですΣ(゚ロ゚ノ)ノ

そして保管するわけなんだけど、大量にあるから忘れちゃうんだよな~。
今年はそんな材料管理も研究テーマにしてみたいと思ってます(^ω^)

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2010.01.21  薪

わが木地処さとうでは、主な暖房危機は「薪ストーブ」。

薪ストーブっていうのは、一昔前に廃れたような感じだったのが、最近はちょっとしたブームで、木地処さとうに訪れる人たちはとっても喜んでくれる。

エアコンや石油ストーブなどと違うメリットはいろいろある。
一番は、体の芯からあったまること。
薪ストーブを毎日やってると、エアコンや石油ストーブってのはどうも体の表面しか温めてもらえないことを感じる。それに空気が汚れない。換気はまず必要ないです。最近のエコブームにもぴったりはまるよね。電気も石油も使わないんだから。

そんないいことがたくさんある薪ストーブだけど、普及しにくい要因もたくさん。
まず燃料の確保が難しい。今の時代燃料になる薪を用意するのは大変なことです。
慣れるとそれほど大変じゃないと思うけど、薪を用意するスローライフでないと難しいかな。
煙突掃除などメンテナンスもけっこう手間がかかります。

今日もちょっとお昼前に薪の用意をしてた。
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現代はいたるところから燃料になる薪は手に入ります。
昔はどこでもかまどがあって、燃料は朝早くから各家庭競争で取りに行ってたそうですよ。
一家の主婦が、「明日はあそこにあったやつを持ってきてやろう」と競っていたんだと近所のおばあさんが話してくれました。

うちでも近所の森や林から薪をいただいてくるけれど、そんな競争は皆無です。
いつ行っても好きなだけ薪を手に入れることができる。しかも森林の持ち主の方からは、森がきれいになると感謝される。

現実にも、今の森、竹林などは間伐がほとんどされてなくて荒れ放題のところがほとんどです。
荒れ放題どころか、ほとんどゴミ箱みたいな状態Σ(゚ロ゚ノ)ノ

昔はこれが競争で取られてて、いつでもすっきりきれいだったかと思うと、昔は毎日が自然と人の生活が調和したエコライフだったんだなと感じるんです。

ほんと、たまに思いますよ。原油なんて早くなくなってしまえばいいのに。
単純にそれだけとはいえないけれど、そうすればまた人と自然が調和した暮らしに戻ることができますよね。
やらなきゃしょーがねぇって状況にならなきゃ誰もやりませんから。

森に行ったりして薪を頂いてくると、あぁ、人間も自然の一部なんだなって再認識できるので僕は好きです。

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2010.01.18  初挽き

平成22年1月2日。僕たちの本家がある弥治郎で、初挽きが行われました。毎年催されている神事なんですが、今年は僕が指名されて行ってきました。

詳しくお話したいと思いますが、地元で「高橋新聞」という個人の新聞を発行されている方から、初挽きの原稿を依頼されたので、せっかくなのでそれに添ってお話を聞いてほしいと思います。

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初挽き原稿

こけしってなんだろう。
そんなことを考えながらこけしを作りつづけて、今年で9年目を迎えようとしています。

僕は福島県いわき市で伝統こけしを製作している佐藤英之です。
僕の父も、祖父もこけしの作り手です。つまり僕は三代目なのです。毎年1月2日、初挽きというこけしの神事があって、今年は僕が指名されました。それについてお話します。

祖父と父
初代、祖父誠は、福島県伊達市の生まれ。農家の次男だった祖父は、9歳のときに奉公に出されました。奉公先は山一つ越えた、宮城県白石市弥治郎村の小倉さんという代々こけしを作る家でした。
農家と兼業だった小倉さんの家に小僧に入り、数年は農業と子守の日々。9歳の子供にきっとつらい試練だったと思います。そんな生活の中、次第にこけしを作ることも学び、成人する頃には弥治郎でも腕利きの工人となりました。
その後弥治郎を離れ、いわきで独立。様々な変遷を遂げましたが、祖父は名人と呼ばれる工人となり、亡くなる寸前までこけしを作り続けてこの世を去りました。

そんな祖父に憧れ、父は夢を実現した外国船の機関士をやめて、こけしを作るようになりました。
祖父が亡くなった後に独学でこけしを習得して、僕たち子供4人を育てるのは大変なことだったと今思います。特に大学まで出してもらった僕は、両親にもこけしにも感謝しています。

19年前の初挽き
僕が13歳の頃、父は初挽き工人に指名されました。
初挽きとは、毎年1月2日に、弥治郎系伝統こけし工人の中から選ばれた代表一人が、弥治郎村にある、小野宮惟喬神社(こけしを作るロクロを伝えた 神様を祭っている)の御前で、こけしを作り上げ、奉納するという神事です。一人の工人は一生に一度しか行うことができないとされています。11系統ある伝 統こけしの中でも、工人数が多いと言われる弥治郎系の中で代表に選ばれることも大変なことです。
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今から19年前。父は43歳。若かったです。そして髪も多かった(笑)
母も当時36歳。家族全員を連れて初挽きへ行った父の思いは今思うとよくわかります。一生に一度の舞台を家族に見せたかったのに違いありません。 でも子供たちはその大事さはよくわかってはいなかったと思います。もちろん僕は、自分が未来にその儀式を受け継ぐとは夢にも思っていませんでした。

今年の初挽き
僕は24歳の時にこけしの道へ入り、8年半がたちました。
そして今年、初挽き工人に選ばれました。その未来がやってきたのですね。

僕たち家族6人は当時のことを鮮明に覚えています。迷わず家族全員で行くことに決めました。
家族全員ノリノリです(笑)まるで父はこのときのことを想定して当時家族みんなを連れて行ったような気がしました。

当日は予想通り、弥治郎は大雪が降ってました。
いわきは年間に1、2回程度しか雪が降らない温暖な気候なので、雪道にはお手上げです。高速も通行止め。なんと雲行きのあやしいスタートだと僕はなんとなく不安になりました。

ですが19年前の子供たちとは違いますね。運転はおまかせ!というドライバーが4人。
雪道には慣れてはいないけど、問題なく下道で現地へ。19年前は自分しか運転手がいなかった父は大変だったと改めて思いました。
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現地到着すると、やっぱり大雪が積もっていてすごく寒かったです。
こけしを作ること自体は、普段からやっていることなので問題はありません。
問題なのは、この寒さと、本家の先輩方が見ているという緊張感です。
普段イベントで行う、お客様を目のまえに実演するのとはわけが違います。
いつも仕事をするときに思うことですが、こんな緊張状態になった時ほど、時間がかかってもいいから一つ一つの作業をていねいにやろう。こけしは出 来上がるまでほんとにたくさんの工程があって、一つでも失敗すれば、やり直しのきかない初挽きではトラブルになってしまうからです。急がば回れ。それしか ありません。

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予想の通り、緊張と寒さでいつもどおりには出来ませんでした。天気はよかったですが、雪が吹雪いている中でこけしを作るなんて!きっと最初で最後だと思いました。

履いていた足袋にしみこんだ雪が、風で凍るのを感じました。これが辛かった・・・足先の感覚はほとんどありませんでした。

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そんな状態でしたが、時間をかけて焦らないことだけを心がけて、ある程度思っていた具合のこけしができました。家族と、祖父、祖母が後押ししてくれたような気がしました。最高のスタッフに守られて、その時できる最高の仕事ができた。そう思います。
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初挽きを終えて
今回の初挽きほど、自分が伝統を受け継いだと強く認識したことはなかったと思います。
祖父が幼少から10年以上修行を続けた地で、19年前に初挽きでこけしを挽いた父。そして今年、その約束の地で、同じ衣装を身につけて、同じこけしを作った三代目の僕。伝統こけしってやっぱりすばらしいと思いました。

後継者不足で存続があやぶまれている伝統工芸。
親から子へという受け継がれ方が軽視されてしまっている現代ですが、静かに受け継がれることが大切な文化が日本にはあると思います。
ありがたいことに、僕たちは三代続けてこけしを作り続けて、今は母と弟を含めて4人で活動を続けています。こんな風に家族で仕事をつないでいけるんだ、と少しでも見直してもらえたら、本当にうれしく思います。

こけしってなんだろう・・・こけしは人と人をつなぐ暖かい笑顔。今そんな風に感じています。
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以上、初挽きのお話でした。



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